ヒーリング っ と プリキュア 感想。 ヒーリングっど♥︎プリキュア第5話を観た感想|もうふ|note

ヒーリングっど プリキュア

ヒーリング っ と プリキュア 感想

今日のお話を簡単にまとめますと、 プリキュアの3人で水族館に遊びに行きます。 なんだかチグハグな関係のちゆとひなたではありましたが、水族館での出来事を通して、お互いのことを知っていきます。 のどかのフォローもあり、3人は絆を深めたのでした。 という感じになります。 以下、感想です。 のどかは2人の間を取り持つ良い役割を果たしていました。 ただ、のどか自身については、特に気持ちの変化はないように思います。 「2人が仲良くなってよかった〜!」ぐらいの気持ちなのでしょう。 個人的には、今日時点での3人の絆は、まだそこまでかな?という感じだし、特に今後のどかに何かありそうで、ちょっとハラハラしています。 のどか、ちゆ、ひなたは人間としてもまだまだ成長過程であり、3人の絆もまだまだ深まる余地があるように思います。 まだ第5話なので、これからのお話に期待ですね…。 ちゆは、生真面目で、少しおせっかいをしてしまうタイプ、その優しさから皆をほっておけないタイプ。 不器用。 ひなたは、行動が無鉄砲気味だけど、実は他人の目を気にするタイプ。 おっちょこちょい。 印象的なのは、ちゆが「ひなたみたいなタイプ初めてで…」と言っていた点。 今まで交わることのなかったタイプとの未知との遭遇。 これは、私も怖いです。 皆さんも怖いのでは? 極端なことを言うと、 ガリ勉がギャルと仲良くなる構図。 逆も然り。 現実の世界でも、想像しづらいですよね。 今回は、ちゆがひなたを怖がらせている?と思ったり、ひなたがちゆを怒らせてる?と思ったり、 もちろんそんなことはなく、お互いにすれ違っているのですが、 のどかのような平和主義の優しい子は、多くの場合、このような時に緩衝剤となるのです。 極端なことを言うと、 ガリ勉がギャルと仲良くなるのを、2人にとって無害なお友だちがお助けするという感じになるでしょうか。 等身大の中学生のリアル。 大きな男のお友だちには分かりづらいかもしれませんが、現実の世界でも、そんなものだったと記憶しています(遠い記憶)。 しかしながら、プリキュアの皆は、こちらが心配するまでもなく、心の底からとても優しい子たちなんです。 無事に分かり合えて良かった。 これからもっともっと仲良くなっていただきたい と、老婆心。 ————————————— 今日のギャグパートも良かったです。 ちゆは実はダジャレが好きみたい(仮面ライダーゼロワンの不破さん並みに沸点低い?(笑))。 ひなたはペギタンを助けたい一心でシンドイーネに"生身で"立ち向かっていく。 珍しいパターン。 今日は初めての3人揃っての変身シーンと名乗りもありました。 次回はラテ様とのどかとダルイゼンのお話みたいです。 のどかはダルイゼンと何か関係ありそう…。 次回に期待しましょう!.

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ヒーリングっど♥プリキュア:第9話『ひなたのカワイイ大作戦!』感想ツイートまとめ

ヒーリング っ と プリキュア 感想

ヒープリ3話、改めてこの物語は人間とヒーリングアニマルの「バディもの」なんだなということが伝わる良い回でした。 あとキュアフォンテーヌの変身バンクが美しい…。 ネタバレを含みますので未視聴の方はご注意ください。 シンドイーネが、朝のご挨拶にうかがいました~。 …あ~今日もいらっしゃらないの~。 お顔が見れないとやる気出ないのに~」 グアイワル「フン。 あんな状態じゃあ、いても顔なんか見えないだろ」 シンドイーネ「見えます~。 グアイワルには見えなくても、わたしには見えます~。 在りし日の素敵なお姿が浮かぶんです~」 ダルイゼン「つまり今はナノビョーゲンの集合体にしか見えてないってことじゃん」 シンドイーネ「…待っててくださいねキングビョーゲン様! どんどん地球を蝕んで、キングビョーゲン様をもとのお姿に戻して差し上げますから!」 相変わらずシンドイーネ様がかわいすぎてしんどいのですが、それはさておき、キングビョーゲン様の正体が3話にして示唆されました。 キングビョーゲン様は、 「ナノビョーゲンの集合体」のようです。 ということは、ダルイゼン君やシンドイーネ様たちもまた、もともとはナノビョーゲンの集合体なのでしょうか? 彼らがナノビョーゲンの集合体であるなら、 今回の敵はなかなか厳しいところに立っていると思います。 というのも、本作のプリキュアたちは、戦いの中でナノビョーゲンを浄化しています。 「浄化」と言えば聞こえは良いですが、 病原体にとっての「浄化」は「殺菌・消毒」であり、その「いのち」を奪われることを意味します。 ビョーゲンズたちもまたナノビョーゲンの集合体であるなら、今後ナノビョーゲンの「浄化」を進めていけば、いずれダルイゼン君たちの「いのち」も危ぶまれることになるかもしれません。 私はこんな妄想をしてしまうのです。 ナノビョーゲンを浄化され続けて、「いのち」が危ぶまれたダルイゼン君たちが「苦しい」と言ったとき、のどかさんはどうするのだろうか、と。 「みんなを助けたい」と願ったのどかさんは、ビョーゲンズをも助けるために手を伸ばすのか、伸ばしたとして、その手は届くのだろうか、と…。 実際、OPでのどかさんはダルイゼン君に手を差し伸べていますが、 その手は彼の体をすり抜けていってしまいます。 他の「いのち」を助けるために「病原体」を浄化する使命を背負ったプリキュアは、「病原体」を助けることができるのでしょうか。 それとも、「病原体」は「私たちの敵」であり、滅ぼす他ないのでしょうか。 共存はできないのでしょうか。 シンドイーネ様にとっての「大切なもの」がキングビョーゲン様であるなら、キングビョーゲン様を消し去る行為は、シンドイーネ様の大切なものを奪うことを意味します。 もし、プリキュアがキングビョーゲン様を消し去ろうとするならば、人の大切なものを奪うその行為に、何らかの正当性を持たせなければなりません。 この正当性を主張するためには、たとえばキングビョーゲン様の「悪」を鋭く追及していく必要があります。 さらに鑑賞者の「罪悪感」や「抵抗感」を少なくするなら、幹部たちのことを「使い捨ての駒」としか考えていないように描いたりすることも考えられるでしょう。 逆に、「キングビョーゲン様を消さない」という選択をするならば、「なぜプリキュアは敵対する者を助けようとするのか」という疑問を、説得力をもって解消させる必要があります。 ヒープリの主人公達がこれから1年間をかけて、どのような「回答」を見せてくれるのか、私は楽しみでしかたありません。 お風呂で聞いちゃった。 怪物は、わたしも怖いわ。 でもそれ以上に、大切なものを守りたいの。 どうしても守りたいの。 あなたは…?」 ペギタン「…守りたいペエ。 」 ちゆ「わたしはあなたより大きいから、少しは力になれると思う。 もし勇気が足りないなら、わたしのを分けてあげる。 大丈夫、わたしがいるわ」 ちゆ「わたしはちゆ。 あなたは?」 ペギタン「ぼく、ペギタン」 ここで、ちゆさんは「怪物は怖い」と明言します。 しかし、怪物を怖いと言うちゆさんのことを「勇気がない」とは誰も言わないでしょう。 勇敢であることは、恐怖を感じないことを意味するとは限りません。 逆に言えば、本当は危ないことなのに、危ないことを認識せずに頭を突っ込んでいくのは、「勇気」ではなく「無謀」と言うべきものです。 「危険」を理解しているか否か、それが「勇気」と「無謀」の違いなのです。 では、ペギタンはどうでしょうか? 彼はヒープリ3話の時点では、明らかに「臆病」なキャラクターとして描かれています。 パートナーを探しに町に行くこともできませんし、ビョーゲンズと戦うことについても躊躇しています。 しかし、前述したとおり、勇気とは恐怖を乗り越えた先にあるものです。 他の者よりも「臆病」なペギタンが、それでもビョーゲンズに立ち向かうことを選んだのは、「勇気」によるものだと言えるでしょう。 もちろん、今回、ペギタンが恐怖に打ち勝てたのは、ちゆさんが「勇気を分けてくれた」おかげもありますが、主人公たちの「成長」が描かれていくのと同様に、ヒーリングアニマルたちの「成長」もまた、これから描かれていくものと思われます。 そう遠くない未来で、「怖がりだったペギタン」が、「恐怖を乗り越えていく姿」を、私たちは目にすることになるかもしれません。 ちゆさんがいなければペギタンが戦えなかったのと同様に、ペギタンがいなければちゆさんも戦えなかったのです。 要するに、彼らは対等なパートナーであり、いずれかが一方的に与えるだけの関係ではありません。 互いに足りない部分を補完し合いながら前に進んでいくのが、「バディ」なのです。 そのことは、3話の終盤の台詞でもうかがうことができます。 ちゆさんはペギタンに助けてもらったと言い、ペギタンはちゆさんがいたからがんばれたと言っています。 ちゆ「ペギタン、ありがとう。 わたしの大切なものを守れたのは、あなたのおかげよ」 ペギタン「ぼくの方こそ、ちゆがいたからがんばれたペエ。 だから、その…これからも、ぼくと一緒にお手当てしてほしいペエ! ちゆ「もちろん。 お嬢さん、その水のエレメントボトルを」 今回も、メガビョーゲンを浄化するだけではラテは快復しません。 水のエレメントさんの力を分けてもらうことで、初めて快復できました。 ここでひとつの疑問が沸きます。 なぜ、ヒープリは、ラテに対してこのような運命を背負わせたのでしょうか? メガビョーゲンが出現すれば体調を崩し、メガビョーゲンを浄化したとしても体調が快復するとは限らないのは、割と「酷」な設定のように感じます。 しかし、ラテを地球の暗喩(メタファー)として考えれば、それもうなずけます。 「助けたい」のどか、「守りたい」ちゆ 細かい差異のようですが、のどかさんがプリキュアになった理由は「苦しんでいるラテを助けたい」という想いによるものであり、ちゆさんがプリキュアになった理由は「大切なものを守りたい」という想いによるものなんですよね。 こういうところからも、 ヒープリは「守る」という言葉と「助ける」という言葉を意識的に使い分けている印象を受けます。 もしかすると、3人目以降のプリキュアがプリキュアになる理由も、二人とは微妙に異なるものだったりするのかも? と、そんなことをぼんやりと考えています。 Twitterのフォローさんに教えてもらって気付いたのですが、もしこの色が「赤色」になったときは、ラテはどうなってしまうのでしょう…? 青、黄と来れば、いずれ、赤になる日も…。 …くっ」 ちゆ「ごめんなさい! わたしのために!」 のどかさんの行動原理は「助けたい」であり、誰かを助けるためなら、彼女は身の危険を顧みません。 そのことは、「まだ見ぬワンちゃん」を助けるために怪物の方に走って行った1話、プリキュアに変身できなかったとしても僅かな可能性に賭けてビョーゲンズに立ち向かう2話でも描かれていました。 では、3話ではどうだったかというと、のどかさんは、ちゆさんを助けるために身を呈して彼女を庇いました。 1話、2話、3話と、「自己を顧みずに誰かを助けるシーン」を挿入することによって、のどかさんの「助けたい」という想いの強さが印象的に示されているわけですが、中には彼女の「自己を顧みない姿勢」にヒヤッとしてしまう方もいることかと思います。 (特に親の視聴者はそう感じる方が多いのではないでしょうか?) さて、日本では長らくの間、「自己犠牲」の精神が「美談」として語られてきましたが、 現代の医療福祉の分野においては、従事者たちが「自己犠牲」を強いられていることが指摘されており、この状況を打破しなければならない という認識が形成されつつあります。 過度な「自己犠牲」は従事者たちの心身を蝕みますし、個人の自己犠牲によって支えられたシステムは持続性に乏しく、長期的には破綻してしまいかねないからです。 国もこのことを重く受け止めており、たとえば厚生労働省からは「新たな医療の在り方」として、以下のような報告書が出されています。 もちろん、この報告書は「働き方」に関するものです。 のどかさんは、別に仕事としてプリキュアをしているわけではありません。 また、他者から「自己犠牲」を強いられているわけではなく、他者に「自己犠牲」を強いているわけでもなく、のどかさんは自らの「意思」で行動しているに過ぎません。 したがって、 のどかさんの自己を顧みない姿勢を「自己犠牲は良くない!」「危険な真似をしちゃ駄目だ!」と糾弾するのは、彼女の意思を尊重しているとは言い難く、適切ではないと思います。 実際、のどかさんの気持ちを考慮することなく、「危険な目に遭わせたくない」という理由で一方的にパートナーを解消したのが、2話のラビリンです。 2話では、ラビリンが自分のしたことが適切ではなかったと認め、謝罪しています。 とはいえ、プリキュアは子ども向けであることを理由にして、この世界の複雑さに蓋をし、分かりやすい「綺麗事」を並べ立てるような作品ではありません。 つい最近も、 「子どもたちに嘘はつきたくない」という見出しで、以下のようなインタビュー記事が公開されていました。 西尾:決して子どもたちを下に見ているわけではないんですけど、子どもは本当によく見てくれるんですね。 そういった関係性がある中で、子どもに嘘をつきたくないんですよ。 僕の母親が言ってたような愚痴の……本当の意味を伝えないとダメだと。 そこに蓋をして、通りの良い美辞麗句でやって押しつけになっていくのは嫌だなぁと。 自分たちの誠実さ、真心をなんとか伝える方法を考えて、見つけて、流されない言い方の状態で伝えないと子どもに失礼だと思っていました。 出典: 2020-02-17 12:00 何が言いたいかというと、 ヒープリもまた、子どもたちに「安易な自己犠牲の賛美」という美辞麗句を押し付けるつもりはないだろう、ということです。 ヒープリは、のどかさんの「助けたい」という気持ちについては肯定しつつも、それに伴うすべての行動を全肯定することはなく、「葛藤」や「挫折」を経験させながら、「成長」していく姿を描いていくのではないでしょうか。 今後のどかさんがどのような成長を見せてくれるのか、これから1年間、追いかけていきたい所存です。 シンドイーネ様の艶やかさと対比になっているかのように、優美で美麗なバンクでした。 ヒープリ2話の考察です。 ラビリンが「お医者さん失格」だった理由について、実際の医療問題と絡めて書いています。 スタプリ秋映画の考察です。 大好きな映画です。 思い出すだけで泣ける。

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ヒープリチームのおしゃれ番長、平光ひなた。 友の笑顔を写真に残すべく、全力ではしゃぐ張り切る浮かれ倒す! しかしその思いは時に噛み合いを忘れ、いつもの空回りが少女を傷つける。 ひなたの思いは、笑顔に届くのかッ!!— コバヤシ lastbreath0902 そんな感じの、ひなた個別回。 いやー…いい話だったッ!! ひなたの特質である明るさ、ポップなオシャレさを全面に押し出しつつも、それが取りこぼすものと確かな反省にしっかり目を向け、軽いだけの話で終わらせない。 己の特質に悩みながら、社会と噛み合う方法を探す歩みが、確かに見える話だった— コバヤシ lastbreath0902 ヒープリはど真ん中の友情と青春、教訓性の強い直球のいい話が非常に強くて。 目の前の興味にまっしぐらになりすぎて、色んなものを置き去りにしてしまう。 悩んでいても、簡単には変わらない己の特質を、強く悔やむひなたの姿。 それを受け入れ、行動のポジティブな側面を見落とさない仲間たち。 — コバヤシ lastbreath0902 『かくあるべし』で思考を止めるのではなく、個人個人の顔をしっかり見て、そこに込められた思いを受け止める柔軟なスタイルが、オシャレに夢中な若人の背中に滲んでいた。 Ticktockっぽいで、流行にしっかり乗るひなたの軽薄さに、眉をひそめるちゆが面白い。 やっぱり、まだまだ波長が合いきらないところはある。 それでも友達なのだ。 思い返すと今回、説明のない何気ない行動が、ひなたの特質と想いを深く反射しているシーンが多かったと思う。 — コバヤシ lastbreath0902 目の前の状況にこだわりすぎて、浅はかに思えるような行動をとってしまう。 アニマルズがバレるのも気にせず、猫ちゃん空中浮遊を全世界に公開するところからも、そんな性質は見て取れる。 しかし彼女は、周囲を見ないわけでも、『自分だけが良ければ良い』と考えているわけではない。 — コバヤシ lastbreath0902 つうか無茶苦茶優しくて明るくて、持ち前の元気さで皆に楽しくなって欲しいと思ってる子で。 サービス精神が旺盛なんだよね…。 『病気大変だったね…』っていう重い空気を、『んじゃあアタシが最高のハッピーを届ければいいじゃん!』って自発的に跳ね返せるの、本当に偉いと思うよ…。 — コバヤシ lastbreath0902 ひなたのサービス精神は、エンジェルフォト撮影会で爆裂する。 テンションアゲアゲ、どんどんサービス。 そうやって前に進みすぎて、痛い目見たのも一回二回じゃないんだと思う。 でも、『貴方を笑顔にしたい』って思いは心の深い部分から溢れて、止まらない。 — コバヤシ lastbreath0902 その姿勢に欠陥があるとしても、自分がやりたいことと、誰かの幸福を積極的に結びつけて、どんどん増進しようとする思いと行いは本当に偉いし。 先を見通しきれないマイナスがあるのなら、それと上手く付き合う方法を、ひなたと仲間たちが見つけると良いなと、あまりにも幸福な青春を見て思う。 彼らもまた、誰かのためにお洒落をする。 顔の見えない怪物ではなく、似通った文化と精神性を共有する鏡の中の他者なのだ。 しかし現状、相容れずに対立している。 — コバヤシ lastbreath0902 恒例のビーズアクセサリを販促して、様のお役になど立ちつつ。 オシャレ番長のアドは、友達をどんどん笑顔にしていく。 目立っちゃいけない獣たちも、ひなたがセッティングしてくれたハレの日を楽しんでいる。 ギャグなんだが、主のために手作業する童獣たちが健気で、少し泣いてしまった…。 — コバヤシ lastbreath0902 のどかがダウンするまでの楽しい時間は、本当に肩の力が抜けた幸福に満ちていて。 こういうなんてこと無い時間の体温を、ヒープリはなかなか上手く描けていると思う。 一緒にいると面白くて、思わず笑顔になっちゃう間柄。 ちょっと前まで知らない同士だったのに、そういう繋がり方が生まれてきてる。 — コバヤシ lastbreath0902 出会い、お互いを知り合い、その中で己を知っていく。 構えない友情が与えてくれるものを凄く色彩豊かに、手触りのある書き方で積み上げてくれるのは、見ている側としても非常にありがたい。 見てて『あ、コイツラには幸せになって欲しいな…』って思える話なの、ほんとに良いことだと思うよ俺は…。 — コバヤシ lastbreath0902 床下のダチ公含めて、笑顔と華やかさに満ちた時間は、のどかの体調不良で水が入る。 目の前の楽しさに夢中になってしまったひなたはそれを見落とし、一歩引いた冷静さに特質があるちゆが、友達を人混みから連れ出す。 治したい、でも治らない。 ひなたは強く悩んでいる。 — コバヤシ lastbreath0902 この反省意識が、さらに視野を狭め、ひなたを孤立もさせてしまう。 責任感があればこそ、ひなたは孤独な闘いに身を投げていく。 過剰なほどに。 ひなたは宝石メガビョーゲンの硬さを突破する方法も、意外な身軽さに対応する手段も思いつかない。 ただ、目の前の問題をどうにかしなきゃと、凄く必死に走り回る。 — コバヤシ lastbreath0902 でもひなたが一人で思いつくのは、そういう突義しか現状無くて。 それでも大事な友だちのために、笑顔を作ってくれる素敵な場所のために、自力でどうにかしたい。 そこに駆けつける仲間たち。 『気づけなかった』というひなたの負い目を、のどかも同じように重く受け止め、謝罪と共闘に駆けつけてくる所が良い。 危うい奮戦の奥に、何かを守るための情熱と、体を張って闘う責任感が宿っていることを。 仲間たちはしっかり見て、言葉にして伝えてくれる。 『好き』という大事な言葉を、照れずに叫べる強さ…。 それがちゆにも伝播してきてて、彼女もひなたの闘いをちゃんと見て、その真意を自分が判っていることを伝えていることに、凄く豊かなものを感じる。 個人の善良さは、伝えて、育み、学ぶことが出来るのだ— コバヤシ lastbreath0902 第5話で予定をすっぽかしたひなたへの、友人の対応を見るだに。 — コバヤシ lastbreath0902 でも、大丈夫。 私は貴方の行動の奥にある暖かさをしっかり受け取って、そこから幸福を感じているから。 あなたのことが、好きだから。 — コバヤシ lastbreath0902 そのために必要な寛容と愛情、他者の良い所に目が行く知性を、この作品の少女たちは持っている。 そういう美質の描き方、相互の伝え方が今回はよく見えて、非常に良かった。 なかなか上手くいかねぇなら、歩調と目線を合わせて、じっくりやっていけばいいじゃねぇか。 仲間なんだから。 — コバヤシ lastbreath0902 そういう綺麗事を、堂々描写に刻み込んで、ゆっくり積み上げていくのは本当に偉いことだ。 まぁただの教説番組じゃねぇから、氷属性の暴力もぶっこむがな! お前らもボトルを買って、様に貢献すんだよッ!! こんだけいい話やって、販促忘れないの凄いよね…。 そういう危うい浅はかさは、経験を積んでも簡単には消えない。 だから、向き合い方をひなた自身も、彼女に近しい人たちも、一個ずつ見つけていく必要がある。 — コバヤシ lastbreath0902 なかなか上手く笑えないちゆちゃんを可愛い神輿に乗せ、すこやか市を激しく練り歩きたい衝動を俺も抑えられないが。 つうかヒープリの子供たちは完全ではないが、常により善くなろうと目を開き、足を進めている立派な人たちばかりで、マジで神輿に乗せるしかねぇ。 — コバヤシ lastbreath0902 フォトスタンドに収まった、三人の思い出。 色々あった一日が、のどかに新しい喜びを与えようと走り回った結果だと、のどか自身は一番には気づかない。 ここが良い。 そういうところに目端が利くのは、ちゆの領分なのだ。 さりげない描写で、キャラがグッと立つ。 ひなたは自分の(時に暴走する)善良さを、褒められるのになれていない。 それが当たり前だっていう認識が、彼女の照れの裏にはあると思う。 当たり前に見えて、とても大事なものなのだ。 — コバヤシ lastbreath0902 いつ言えなくなるか判らない日々ならば、『好き』も『ありがとう』も、真っ直ぐ伝えよう。 死を思えばこそ、生の意味を知る。 いや、大事なことよホント…なかなか実行できないけど。 — コバヤシ lastbreath0902 という感じの、ひなたちゃん奮戦記でした。 ほとばしる思いを上手く制御できない少女の、それでも瑞々しく輝く善意。 それを見落とさず、生まれた奇跡に感謝を伝えられる仲間たち。 大上段から振りかぶるのではなく、青春の1ページからスッと差し込まれる、美しい人間の理想。 — コバヤシ lastbreath0902 それを作品がしっかり見据え、称揚していくスタンスが力強いエピソードです。 こういう真っ向勝負を、明るく楽しく描けるのは強いよね…。 でもそれを責任を持ってやりきれる靭やかさを、今回のエピソードからは感じました。 — コバヤシ lastbreath0902 そういう重く大事なものを背負いつつ、爽やかで明るい青春絵巻として非常にヴィヴィッドだったことが、とても良かったと思います。 生きた物語の中で、在るべき理想を追う。 なかなか難しいことに挑み、また成功している作品だなと感じました。 次回も楽しみです。 — コバヤシ lastbreath0902 Lastbreath.

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