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世界一に輝き、授賞式で笑顔を見せる福地啓介さん=ユーチューブ「公式オセロチャンネル」より チェコの首都プラハで開催された第42回世界オセロ選手権で、初出場の小学5年の福地啓介さん(11)=神奈川県=が初優勝を果たした。 賞金は5000ドル(約56万円)。 福地さんは小1だった2014年に「オセロ小学生グランプリ」で初出場ながら史上最年少優勝。 翌年も勝ち、連覇を果たした。 大人も交じる国内大会でも上位の常連。 連盟は「今回も優勝候補の一角でした。 準決勝で前年優勝者を破っているので、ぜひとも優勝してほしかった」と快挙に沸いている。 福地さんは幼稚園のころに母親からオセロを教わり、すぐに夢中になった。 オセロ教室などには通わず、タブレットなどで独学で研究。 今はコンピューターソフトを使って腕を磨いているという。 連盟関係者は「リードされても、小さい子によく見られる精神的な弱さがない」「集中力が切れない」など、小5とは思えない勝負強さを絶賛。 だがゲーム盤を離れると「とても明るくて可愛い子」(連盟関係者)という。

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プレイ中のオセロの盤と石 オセロはボードゲームの一つである。 それぞれ黒と白を担当する2人のプレイヤーが交互に盤面へ石を打っていき、最終的に盤上の石が多かったほうが勝ちとなる。 相手の石を自分の石で挟んだときは、相手の石を裏返すことで、自分の石にする。 「挟んだら裏返す」という基本原理が理解できれば、初期配置やパスなどいくつかのルールを知るだけで、すぐにオセロをプレイすることができる。 なお、公式戦では、さらに細かい競技規則も定められている。 オセロとほぼ同様のゲームは、元々 リバーシとして知られていた。 リバーシは、 ジョン・モレット John Mollett と ルイス・ウォーターマン Lewis Waterman によってにので考案された。 その後、出身のボードゲーム研究家・ によって頃にで現在知られているパッケージが開発され、その父・によって「オセロ」(の『』に由来)と命名された。 長谷川がオセロ開発に当たってリバーシを参照したのかどうかは不明であり、オセロとリバーシの関係性をどのように位置付けるべきかは争いがある。 また、オセロ発祥の地についても、ロンドン、東京、水戸という3つの説がある。 いずれにしても、「オセロ」「Othello」という名称はメガハウスのであるため、他社からはリバーシとしてほぼ同様のゲームが発売されている。 オセロは、抽象戦略ゲーム()の一つであり、運の要素がなく、2人のプレイヤーが互いに知恵を絞って実力だけを頼りに勝敗を決する。 ゲームのルールは単純明快だが、多数の戦術が生み出され、日々戦略的な進歩を続けている。 このことを端的に表した「 覚えるのに一分、極めるのに一生 A minute to learn, a lifetime to master 」という言葉がになっている。 著名な戦術としては、定石や偶数理論などがある。 数学的には、オセロは・・などと同様にに分類され、による研究も行われている。 は、に人間の世界チャンピオンに勝利しており、人間のトッププレイヤーを上回る実力を持つ。 もっとも、コンピュータが発達した2019年現在もオセロの完全解析はなされておらず、なお未知なる奥深さを持つ。 世界各国で子供から老人まで様々な人によってプレイされており、世界のオセロ競技人口は約6億人と推計されている。 特に、日本ではの文化として定着しており、競技人口が多いだけでなく、オセロを題材にした数々の文化的活動も行われている。 オセロは、遊びであると同時にの一つとしても知られている。 世界各国で多くの大会が開催されており、日本では囲碁や将棋などと同様に複数のタイトル戦が存在する。 最も大きな大会は、から毎年開催されている 世界オセロ選手権である。 このほか、オセロ・リバーシには、 ニップ、 グランドオセロ、 エイトスターズオセロ、 ロリットなどの派生ゲームも存在し、様々な形で人々から親しまれている。 ルール 使用用具 オセロをプレイするために必要な用具は、盤と石である。 オセロの石は、表裏を 黒と白に塗り分けた平たい円盤状のものを使用する。 メガハウスによる公式のオセロ用具は、表のようにプレイヤーの便宜を図るために様々な工夫を凝らした製品が順次追加されている。 メガハウスによるオセロ用具 発売時期 製品名 特徴 1973年 - オフィシャルオセロ 最初に発売されたオリジナルの用具。 公式大会では現在もこれが使用される。 1975年頃 - マグネットオセロ 石がマグネット式で盤に張り付くので傾けてもずれにくい。 盤は折り畳み可能。 1970年代後半 - ベストオセロ、ナイスオセロ 石を保管するためのケースが盤に内蔵されている。 2000年代にもマイナーチェンジあり。 1980年代前半 - ヴィクトリーオセロ 入門用。 盤のマス目に立体ガイドが付いており、簡単にマス目中央に石を置くことができる。 2004年 - 大回転オセロ 盤に固定された回転式の石を使用。 石をなくす心配がない。 旧称「オセロ極」 - 2013。 2005年 - 大回転オセロミニ 大回転オセロの小型版。 持ち運びに適する。 旧称「オセロ極Jr. 」 - 2013。 また、向けに触って石を識別できるもの、石をつまむことのできない向けに盤と一体化した石を回すことでプレイできるもの(表の「大回転オセロ」も該当)など、バリアフリーを意識した用具も開発・発売されている。 基本ルール オセロの基本ルールは以下の通りである。 なお、以下では符号を用いて説明することがあるが、図の盤面外に記載されている列と行を表す。 例えば、f5はf列5行目のことである。 事前準備として、以下の2つが必要である。 などで各プレイヤーがそれぞれ黒番(黒石を打つ)と白番(白石を打つ)のどちらを担当するかを決めておく (公式戦での手番決定方法は後述)。 初期配置として、図1のように 盤面中央の4マスに黒石と白石を2つずつ置く。 右上と左下が黒石、左上と右下が白石になるように互い違いに配置する。 事前準備を終えたらゲームを開始する。 4子局(白番) 実力差がある場合には(ハンデ)をつけて対局することもできる。 ハンデキャップ戦では、実力差に応じて図のように盤面の隅に黒石を置いた状態からゲームを開始する。 ハンデキャップ戦の場合は、下手が黒番、上手が白番を持つが、通常の対局とは異なり、白番(上手)の先手で対局を開始する。 伏せ石 オセロは黒と白の石を用いるが、基本ルールで説明したように 黒を担当するプレイヤーが、白を担当するプレイヤーがとして、プレイヤーの手番が色と合わせて定められている。 手番を含めた両プレイヤーの地位をそれぞれ黒番・白番と呼ぶ。 大会などの公式戦では、「伏せ石」と呼ばれるのに近い方法で黒番・白番を決定する。 伏せ石のやり方は、引き分けありの対局と引き分けなしの対局でそれぞれ異なっており、以下のように決まっている。 まず、上位者が石一つを手で隠して盤上に置く。 次に下位者が引き分けの有無によって以下の方式で宣言を行う。 引き分けありの場合は、下位者は「上」もしくは「下」と宣言する。 引き分けなしの場合は、下位者は「黒」もしくは「白」と宣言する。 下位者の宣言が終わったら上位者は石を隠していた手をどけて石を開示する。 石の上面が黒白どちらであるかを確認し、引き分けの有無に応じて以下の通り黒番・白番を決定する。 引き分けありの場合は、開示された石の上面・下面の色のうち、下位者は宣言した側の色を担当する。 すなわち、下位者が「上」と宣言したときは開示された石の上面の色、「下」と宣言したときは開示された石の下面の色を下位者が担当する。 引き分けなしの場合は、一方のプレイヤーには「黒番・白番を選ぶ権利」、他方のプレイヤーには「終局時に石の数が同数だった場合に勝者となる権利」が与えられる。 下位者が宣言した色と開示された石の上面の色とを照らし合わせ、的中している場合は下位者、的中していない場合は上位者が、どちらの権利が欲しいかを選択する。 最後に黒番・白番を選ぶ権利を得た側のプレイヤーが黒番と白番のどちらにするかを選ぶ。 ブライトウェル・ポイント 主要な国際大会等では、で勝ち星の数が並んだ際、イギリス代表選手で数学者のグラハム・ブライトウェルが考案したブライトウェル・ポイントと呼ばれる点数を計算して順位を決定する。 ブライトウェル・ポイントは、以下の数式で計算される。 4」に最も近い整数の6である。 歴史 オセロの起源 現在普及しているオセロのパッケージは、日本オセロ連盟元会長のが頃にで完成させてゲーム会社のに持ち込み、に発売されたものである。 長谷川がオセロを開発するに至った経緯については本人の説明が二転三転しており、定かではない。 特に、オセロのルーツについては、• ジョン・モレットとルイス・ウォーターマンがにので考案した アネクゼイションや リバーシ(源平碁)というゲームがオセロの原型であり、長谷川が東京都内でリバーシの基本ルールを維持しつつ名称・用具・環境などを整備してパッケージとして確立したものがオセロである。 に中学生時代の長谷川本人がリバーシとは独立にで考案した 挟み碁というゲームがオセロの原型である(結果的にオセロとリバーシは似通ったゲームとなっているが両者は無関係)。 という2つの説がある。 オセロ発売当初、長谷川は リバーシがオセロの原型であるとしていたが 、頃からは、 自身が考案した挟み碁がオセロの原型であると主張するようになっている。 なお、2000年以降の長谷川の発言以外に挟み碁というゲームが実在したことを裏付ける根拠はない。 このような経緯から、オセロとリバーシの関係性やオセロ発祥の地については争いがある(詳しくはで後述)。 アネクゼイション、リバーシ、挟み碁、オセロは、いずれも「挟んだら裏返す」という基本原理に共通点があるが、細かい部分では表のような違いがある。 オセロとそのルーツになったゲームの違い ゲーム名 最初期の文献(出典) 開発年・開発者・発売元 石の色 盤面の形状 初期配置 複数石挟み 着手不能時 着手回数制限 アネクゼイション Waterman v. Ayres (1888年) 1870年(ロンドン) ジョン・モレット F・H・エアーズ 不明 十字形 不明 不明 不明 不明 リバーシ(19世紀) Reversi and Go Bang (1890年) 1883年(ロンドン) ルイス・ウォーターマン ジャック・アンド・サン• クロス• パラレル• 19世紀のリバーシ オセロに似たゲームとして記録に残る最古のものは、にので ジョン・モレット John Mollett が開発した アネクゼイション Annexation というボードゲームである。 アネクゼイションは、十字形の盤面を用いていたが、現在のオセロと同様に「挟んだら裏返す」という基本原理に基づくゲームだった。 開発から6年後のにF・H・エアーズがこれを発売した。 リバーシは、にロンドンのサタデー・レビュー紙に掲載され、世に知られることになった。 ウォーターマンは、にリバーシを商品化し、ジャック・アンド・サン(現・)から発売した。 なお、リバーシ発売後にF・H・エアーズがアネクゼイションの改良版として「Annex a Game of Reverses」という名前でリバーシとほぼ同一のゲームを販売したため、商標をめぐって訴訟となったが、「リバーシ」は「裏返す」という意味の単語「Reverse」に由来し、からでプレイされていた伝統的ゲームのリバーシス(の原型)の別名でもあることから商標権は認められず、両者はともにこのゲームを販売できることになった。 商品化から2年後のにウォーターマンが承認したリバーシの解説書 によると、当時のリバーシと現在のオセロとのルール上の違いは、以下の2点のみである。 初期配置オリジナル・ルール 初期のリバーシでは、盤面に石を置かずにゲームを開始していた。 初手から4手目まで交互に中央4マスのうち好きな位置に石を打ち込むことで、初期配置を決めた(なお、初期配置を決めるための4手は相手の石を挟まなくて良かった)。 着手回数32手制限ルール 初期のリバーシでは、両対局者はそれぞれ最大32回しか石を打つことができなかった。 つまり、ゲーム開始時に各々の手元に32個の石が配布され、相手のパスによって自分が連続して着手した結果手元の32個の石を使い果たしてしまった場合は、それ以降の自分の手番がすべてパスになった。 同書によると当時のリバーシの石の色は 黒と白 black and white であり、現在のオセロと同様である。 もっとも、ジャック・アンド・サンから発売されたオリジナルのリバーシは、チェッカーと同様に黒白 、黒赤 、赤白 という少なくとも3通りのバージョンが存在していたことがボードゲーム収集家のリチャード・バラムのコレクションで確認できる。 20世紀のリバーシ リバーシが考案されてから20年ほどの間にルールの変遷があった。 まず、着手回数32手制限ルールはすぐに廃止され、相手がパスした場合には相手の手元の石を使ってもよいことになった。 1900年頃のF・H・エアーズのリバーシに添付されたルール説明書には、「彼が打つことができないでいる限り、対戦相手は彼の石を使用して打つ」と明記されている。 また、初期配置に関しては、簡便のために最初から中央4マスに石を置いてからゲームを開始するのが主流となった。 この結果、20世紀初頭には、現在のオセロとのルール上の違いはほぼなくなっており 、 に編纂された『』 では現在のオセロと完全に同一のルールが定められている。 リバーシの初期配置 オリジナル(黒番) もっとも、初期配置に関しては、図の3つのルールがとして併存しており、どのルールを採用するかは競技団体・競技者や開発メーカーによって違いがあった。 なお、クロス・ルールを採用した場合(『世界遊戯法大全』など)には現在のオセロと完全に同一のルールとなる。 石の色については、黒白のものもあったが 、世界的には黒赤が主流となり、日本では源平になぞらえて主に(赤白)の石を使った。 リバーシは、早くから日本にも輸入され、「 源平碁」という名前で発売された。 なお、名称は「源平碁」であるが、ではなく表裏が別の色に塗り分けられた通常通りのリバーシの石でプレイされた。 リバーシ(源平碁)は現在のオセロとよく似たゲームである。 しかし、現在のオセロほどの支持を得ることはできず、忘れられた存在となっていった。 オセロ発売当初の説明によれば、 長谷川は幼少期に兄がプレイしているのを見てリバーシのことを知った。 そして、忘れられたゲームだったリバーシの道具を1970年頃に東京で改良して復活させたものがオセロである。 挟み碁 囲碁の盤と石 近年の長谷川の主張によれば、オセロのルーツは、が終わって間もないの夏にで長谷川が考案した簡易ゲーム 挟み碁である。 長谷川によれば、当時の長谷川と同級生たちは 相手の石を囲んだら取れるという囲碁のルールがよく分からなかった。 そこで、長谷川の発案により、 相手の石を挟んだら取れるという簡易ルールで遊んでいた。 その後、石を取るのではなく、相手の石を挟んだら自分の石と置き換えるというルールに改良し、現在のオセロに近いものとなった。 さらに、自分の石と置き換える作業を簡単にするため、碁石ではなく表裏を黒白に塗り分けた紙の石を裏返すというアイデアに至った。 挟み碁には「挟んだら裏返す」という基本原理以外に定まったルールはなかった。 長谷川は、中学・高校・大学で級友とこのゲームを楽しんでいたが、大学卒業によって遊ぶ機会がなくなり、挟み碁は一旦姿を消すことになった。 これが2000年頃から長谷川が主張するようになったオセロの起源である。 オセロの成立 牛乳瓶の紙蓋 当時、での営業担当として仕事をしていた長谷川は、同僚の女子社員たちから何かゲームを教えて欲しいと頼まれた。 長谷川は・ともに五段の腕前を誇り、最初はこれらのゲームを教えたが、難しすぎるとのことで上手く行かなかった。 また、妻にも囲碁を教えたが、これも上手く行かなかった。 そんな折に少年時代の記憶にあったリバーシもしくは挟み碁のことを思い出した。 そこで、自宅で妻と家庭のの紙蓋 を集めて石を自作し、女子社員たちにルールを教えたところ、彼女らが昼休みにこのゲームを楽しむようになった。 さらに、営業先のでもこのゲームを紹介したところ、入院中の患者の時間潰しやに使えるとのことで好評を博した。 長谷川が担当していたある病院の医局長からは「このゲームは社会復帰を目指す患者のリハビリに適し華がある」と太鼓判を押されたという。 手応えを覚えた長谷川は、仲間たちとともに実験・研究を繰り返し、このゲームをさらに改良することにした。 さらに、当初長谷川は間接挟みでも石を返すという現在よりもやや複雑なルールを採用していたが、直接挟みのみに限定した簡明なルールに変更した。 これにより、 1970年頃、東京で現在のオセロと同様のゲームが完成した。 完成したゲームには、当初黒と白の石をに見立てて「ランラン・カンカン」という名前(上野動物園のに由来)が検討されていた が、長谷川の父親で旧制水戸高等学校(水高)の英国文学教授であったの発案で「オセロ」に変更された。 これは、英国文学の代表作であるの『』に由来する。 緑の平原が広がるイギリスを舞台にして、黒人の将軍・オセロと白人の妻・デズデモーナを中心に敵味方がめまぐるしく寝返るという戯曲のストーリーに、緑の盤面上で黒白の石が裏返って形勢が変わっていくゲーム性をなぞらえたものである。 商品化とオセロブーム 10月 、長谷川が玩具メーカーのツクダにオセロを持ち込んだところ、これが認められ、商品化が決まった。 商品化に先立ち、1月には 日本オセロ連盟が設立され、同年には 第1回全日本オセロ選手権大会が開催された。 同年 もしくは に「オフィシャルオセロ」が発売された。 ツクダの商品企画部門の責任者だった和久井威によると、当時玩具に対してキャラクター以外のを払うという意識が業界にはほとんどなく、オセロについてもやは取得されていなかった が、ツクダのオーナーは「おもちゃはアイデアだから」と支払を認めたという。 玩具業界には子供向けのボードゲームは4人以上で遊べるべきという意識があったため、2人用ゲームであるオセロは大人をターゲットとして、パッケージ表面にはやを写したデザインが採用された。 価格は2200円に設定された。 初期ロットは在庫を残さないよう3,000個で、経費の都合でテレビCMも打たなかったものの、の店頭などで実演販売をすると着実に売れていった。 これに自信を得た和久井がその年の年末商戦に向けてテレビCM を製作したところ、オンエア後の10月からの3か月間で38万個、翌に120万個以上 、に280万個が売れる大ヒット商品となった。 『日経流通新聞』(現『』)のでは、1973年、1974年と2年連続で「」に選出された。 にでも発売され、その年のうちに100万個が売れたという。 この年から、世界オセロ選手権大会も始まった。 ツクダの玩具製造部門は1974年からツクダオリジナルとして独立。 、ツクダオリジナルはの子会社となり、3月には和久井が経営すると経営統合してとなった。 さらにには、パルボックスはの子会社に統合され、2020年現在はメガハウスがオセロを販売している。 なお、アメリカ合衆国ではゲイブリルが最初の販売元だったが 、その後数社の変遷を経て、2007年時点ではが欧米での販売権を所有している。 和久井によると、2007年時点でもオセロは年間40から50万個は売れ続けているという。 オセロとリバーシ オセロとリバーシの違い オセロとリバーシの違い(再掲) ゲーム名 最初期の文献(出典) 開発年・開発者・発売元 石の色 盤面の形状 初期配置 複数石挟み 着手不能時 着手回数制限 リバーシ(19世紀) Reversi and Go Bang (1890年) 1883年(ロンドン) ルイス・ウォーターマン ジャック・アンド・サン オリジナル(黒番) リバーシ(Reversi、レヴァルシー、源平碁)は、オセロ発売以前からあるほぼ同様のゲームである。 リバーシは、とでわずかに異なる(細かい変遷については、を参照)。 20世紀のリバーシは、石の色について黒白、黒赤、赤白という3パターンの配色があり、初期配置についてクロス、パラレル、オリジナルという3種類のが存在した。 オセロは、このうち、石の色に黒白、初期配置にクロスを採用したものと同一である。 黒白の石 、クロス配置 はともに1907年以前の文献に掲載されており、オセロが初出ではない。 なお、「リバーシは盤面の大きさが自由であった」「リバーシはパスができなかった」などとされることがある が、誤りである。 オセロとリバーシの関係性 オセロは、リバーシよりも後発のゲームであり、そのルールは初期配置クロス・ルールを採用したリバーシと完全に同一である。 そのため、オセロは先行するリバーシに依拠して開発されたのか、リバーシに依拠しているならば別ゲームと言えるほどの違いがあるのかという点がしばしば議論される。 オセロ開発者のの説明が一貫しないことから明確な結論は出ておらず、オセロとリバーシの関係性およびオセロ発祥の地については、以下の3つの見解がある。 オセロはリバーシの商品名の一つ(ロンドン発祥説) リバーシをプレイするために開発された新しい用具の商品名がオセロであるとする見解である。 この見解に立った場合、オセロで初期配置がクロスに限定されていることは、同一ゲーム内のローカルルールの変化にすぎず、ゲームとしては発祥のリバーシの範疇に含まれるということになる。 オセロはリバーシを改良した新ゲーム(東京発祥説) リバーシが改変されて成立した新しいゲームの名称がオセロであるとする見解である。 この見解は、オセロはリバーシに依拠しているものの、頃での長谷川のゲーム研究によって、名称・用具・環境が整備され、初期配置がクロスに限定されたことでゲームとしての本質的な部分が変化し、リバーシとは区別される新ゲームが完成したと考える。 オセロはリバーシとは独立に考案された類似ゲーム(水戸発祥説) オセロはリバーシとは関係なく戦後にで長谷川が挟み碁として独立に考案した全く別のゲームであるとする見解である。 この見解によれば、リバーシとの類似は偶然ということになる。 なお、 挟み碁というゲームの存在を裏付ける根拠は、2000年以降の長谷川の発言以外になく、他の見解の立場からは、 史実でないとされている。 オセロの独自性論争 長谷川は、にからオセロを発売した当初、リバーシの影響下にあること自体は認めたうえで、改良による独自性をアピールし、新ゲームとしてこれを宣伝した。 長谷川は1973年の雑誌記事でオセロ開発の経緯について以下のように記し、源平碁(リバーシ)を土台にゲームを改良したと明言している。 何か原型になるものはないか? そのとき私は、兄が30年以上も前の小学生時代に 源平碁をやっていたことを思い出した。 〔 中略〕現在は滅びてしまったが、 これを土台に改良すればいけると直感した。 — 長谷川五郎(1973年)、 の著書『オセロの打ち方』でも、長谷川はリバーシがオセロの原型であると認めたうえで、ゲームの面白さは、ルールが3分の1、 名称・用具・環境などの要素が3分の2を占めることを指摘し、後者が不十分であったリバーシは子供の玩具以外の何物でもなかったが、オセロはすべてを整備して大人でも遊べるゲームとして完成させたものであるとアピールしている。 これに対し、複数の専門家がオセロはリバーシと別のゲームと言いうるほどの独自性はなく、リバーシの商品名の一つにすぎないと指摘し、新ゲームとして喧伝されていることに批判的な見解を示した。 小説家のは、オセロ発売直後に疑問を抱いて独自の調査を行い、娯楽研究家であるの著書『娯楽大百科』 の記述などに基づいて、オセロはリバーシとそのまま同一のゲームであるといち早く指摘した。 都筑は、ツクダが海外輸出を目指していることに触れ、以下のようにオセロを批判している。 Othello is the 19th-century English board game of reversi with nothing altered except the name. (オセロは名前以外に何一つ変わりがない19世紀イギリスのボードゲーム・リバーシだ) — マーティン・ガードナー、 なお、長谷川はオセロ発売前のにオセロの実用新案を出願(のちに拒絶査定が確定)しているが、その出願書類の中では、日本では半世紀にわたって源平碁が行われているとの見解を示したうえで、自身の新案を源平碁用具(石、盤、計算表)の改良であると説明し、 「源平碁」という名称で出願をしている。 また、リバーシとオセロのルール上の唯一の違いである、クロス配置への限定については、肯定的な評価も否定的な評価も存在する。 元オセロ世界チャンピオンのベン・シーリーは、パラレル配置では白番が完勝してしまう展開があるが、クロス配置では黒白の利点が拮抗して引き分けに至る展開が多いことを指摘し、クロス配置を採用した長谷川を高く評価している。 一方、ゲーム研究家のは、クロス配置がパラレル配置に劣る理由として、初期配置の状態で180度回転させても同じだから上下が区別できなくなってしまう点、初手がすべて対称形なので選択の余地がない無意味な一手になってしまう点を指摘し、長谷川が初期配置をクロスに限定したことを「オセロはリバーシの改悪」と断じ、厳しく批判している。 オセロの商標とその影響 ゲームとしての独自性の有無はともかくとして、長谷川の構築した名称・用具・環境を伴うブランド力によってオセロは全世界に普及した。 オセロの認知度が向上するに伴い、次第にリバーシ自体が オセロの影響を受けるようになった。 20世紀のリバーシにはクロス、パラレル、オリジナルの3つの初期配置ルールが存在することは前述したが、現代ではパラレルやオリジナルのルールでプレイされることはほとんどなく、オセロと同様のクロス配置が主流となっている。 また、石の色も黒白、黒赤、赤白の3パターンがあったが、こちらも現代ではオセロと同じ黒白が主流となっている。 つまり、もはや両者に違いはなく、実質的に リバーシはオセロの別名と言いうる状況となっている。 これは、オセロのを持つツクダ(ツクダオリジナル、パルボックス、メガハウス)以外の各社が、商標権との抵触を避けつつオセロと同様の商品を販売するためにリバーシの名を借りたためである。 1973年のオセロ発売当初、「オセロ」という商品名は商標として、黒白の石や緑の盤面などのデザインは意匠として、ともにツクダによって登録され、権利保護の対象となっていた。 その後、は保護期間の20年が満了したため、他社も同一のデザインを使用することができるようになったが、商標権はなおも保護が続いている。 そこで、他社は、オセロはリバーシの商品名の一つであるとする見解に基づき、「リバーシ」の商品名でオセロと同一デザインの商品を発売するのが一般的となっているのである。 には、日本最大手のオセロ情報サイトを運営していた元タイトルホルダーのオセロ選手に対し、ツクダオリジナルが 商標権侵害であるとして内容証明郵便を送り付けたことがきっかけとなって 、日本で商標権のないリバーシに着目する動きが広まり、元タイトルホルダー4名を含む多数の高段者たちが集まって日本リバーシ協会を設立した。 その後、日本リバーシ協会は活動を停止した。 なお、日本の公共放送では、オセロの商標を避けるために「 黒と白の石を取り合うゲーム」などと言い換えて報道していたことがある。 リバーシ依拠性論争 オセロが水戸発祥って2000年くらいに突然五郎さんが言い出して僕なんかは困惑した話なんですよ。 それまでは1960年代にゲーム研究して1973年までに完成・発売したという話を信じてたのに、急に戦後の水戸発祥ってことになった。 — hasera、 これ以降、オセロはリバーシとは独立に水戸で考案されたとする情報が広く拡散した。 オセロ販売元のは、2020年現在、オセロは長谷川が水戸で独立に考案したとする説を採っている。 水戸市は、同説に基づき、「オセロ発祥の地」を自称し、オセロにまつわる様々なイベントを開催している。 一方、世界オセロ連盟は、2020年現在オセロの歴史に関する項を空欄にしており、態度を明らかにしていないが 、長谷川が死去したには、当時の世界オセロ連盟会長だったトール・ビルゲル・スコーゲンが、長谷川はリバーシに基づいてオセロを開発したとする見解を示しつつ長谷川に哀悼の意を示す声明を発表した。 なお、オセロがリバーシに依拠して開発されたのかどうかはともかくとして、いずれにしても長谷川がオセロを発売した時点ですでにリバーシの開発者はこの世におらず、 特に権利関係が問題視されることはない。 戦術 オセロ戦術の発展 オセロは単純なルールでありながら、勝つためには頭脳、読み合い、駆け引きが要求される。 非常に多彩な戦術が知られており、「 覚えるのに一分、極めるのに一生 A minute to learn, a lifetime to master 」という言葉がになっている。 1890年のリバーシの解説書には、すでにいくつかの戦術が掲載されていた。 隅の重要性や序盤での注意点など基本的な戦術が解説されている。 さらに進んで、現在知られている詳細な戦術を体系的に整備したのは、オセロのパッケージを開発したである。 長谷川は、に『オセロの打ち方』を著し、この中で、様々な棋譜とともに勝つための戦術を体系的に解説した。 その後、オセロの流行とともに様々な強豪プレイヤーが自らの理論を書籍として出版し、オセロ戦術は日々進歩を遂げている。 ここでは、標準的な戦術書でよく解説される基礎的な概念を説明することで、オセロ戦術の全体像を概観する。 定石 失敗例(黒番) 図の局面は一見すると黒石がとても多く、初心者には黒番がリードしているように見えるかもしれない。 しかし、黒番はここでg7以外に打てる箇所がない。 そこで仕方なく黒番がg7に打つと白番がh8の隅を取れる状態になるから、黒番は圧倒的不利となる。 このように、オセロでは序盤・中盤の局面で石が多いからといって必ずしも有利というわけではない。 多くの場合はその逆であり、石が多すぎる側は不利となる。 オセロは相手の石を挟まなければ着手できないため、相手の石が少なかったり、相手の石が自分の石で囲まれていたりすると、着手可能な箇所が少なくなり、本来打ちたくない箇所に打つしかなくなってしまうのである。 逆に言えば、序盤・中盤では、石を取りすぎず、自分の石が相手の石に囲まれた状態を目指すのが基本となる。 一石返し・中割(黒番) 例えば、図は兎定石の9手目の局面であるが、ここで黒番の定石手はe6である。 この手は、e5の白石1つだけを挟む手であるから自分の石を増やしすぎることはない。 また、e5はすでに周囲を他の石で囲まれているから、自分の石を相手の石の中に潜り込ませることができる。 したがって、理想的な好手である。 このような典型的好手の類型として「 一石返し」と「 中割り」が有名である。 一石返しは、相手の石を1つだけ挟むように打つことである。 中割りは、周囲をほぼ他の石に囲まれている相手の石だけを挟むように打つことである。 一石返しは自分の石を必要以上に増やさない手であり、中割りは自分の石を相手の石で囲ませる手であるため、これらを意識することで好手を発見しやすくなる。 図でのe6という手は、一石返しでなおかつ中割りである。 隅とその周辺 確定石(白番) 図の局面で、黒石はどれも終局までに白石に挟まれてしまう可能性があるが、10個の白石はもはや黒石で挟むことができない。 したがって、これらの白石は終局まで白石であることが確定している。 このような、挟まれることがないから終局まで色が変わらないと確定した石のことを「 確定石」という。 確定石を増やしていくことは、勝利に直結するので重要である。 オセロで勝つために大切な要素の一つとして「 隅」がある。 オセロ盤のうち四隅のマス(a1、a8、h1、h8)については、挟むことができないから、隅に石を置けば必ず確定石となる。 また、図のように隅から隣接するマスに同じ色の石が置かれている場合には、それらも確定石となることがある。 したがって、隅を狙うのはオセロの基本となる。 C・X 隅と関連して重要な概念として、CとXがある。 図で黒石を置いたマス(隅と縦横に隣接するマス)がC、白石を置いたマス(隅と斜めに隣接するマス)がXである。 当然のことながら、CやXに自分が石を打たなければ、相手に隅を取られることはない。 したがって、初心者の間は、CやXを極力避け、相手がCやXに打ってきたら隅を取りに行くという戦術がよく使われる。 しかし、初心者を脱すると、あえてXに打って相手に隅を取らせたうえで自分はCを取り、Cを基点に隣接する大量のマスを自分のものにするといった勝負手も必要となってくる。 いずれにしても、隅、C、Xに関する攻防は初心者から上級者まで注目されるポイントである。 手止まりと偶数理論 手止まり(黒番) 図のような局面を考える。 ここで黒番が左下のb7に打ち込むと、c7、d7、e7の3つの石を黒石にすることができる。 そして、b7の周辺にはもう空きマスがないから、これらの石が再び白番に返される心配はなく、良い手であると考えられる。 このように、隣接する空きマスが他にないマスに打ち込むことを「 手止まり」と言い、終盤戦では手止まりを打つのが一つの目標となる。 終盤戦において重要となるのは、まずは先を読み切って地道に石を数えることである。 しかし、石を数えることのほかに、互いに隣接する空きマスの数に着目することである程度類型的に好手を見つけることができる。 手止まりを打つこともその一つである。 偶数理論(白番) 図は、さきほどの局面から黒番がb7に打った局面である。 ここで互いに隣接する空きマスの数を見ると、左上には3つ(奇数)の空きマスがあり、中央上には2つ(偶数)の空きマスがある。 この局面で白番が打つべき最善手は、左上の空きマスの数を2つ(偶数)にするa1である。 次に黒番b2に対して、すかさずb1とすれば手止まりが打てるし、さらに黒番d1に対してe1とすればまた手止まりが打てる。 重要なのは、白番は互いに隣接する空きマスの数を偶数にしていることである。 偶数にしておけば空きマスが1つのときに自分の手番になるから、そこで手止まりが打てるというわけである。 これを「 偶数理論」と呼び、手止まりをたくさん打つために有効な理論である。 黒番・白番それぞれの戦略 オセロの2手目の選択肢 並び取り(黒番) オセロの戦略は、黒番と白番でそれぞれ違いがある。 まず、黒番の初手は、どこへ打っても対称形になるため、実質的意味はない。 白番の2手目には縦取り、斜め取り、並び取りの3つの選択肢がある。 縦取りは兎定石・虎定石、斜め取りは牛定石、並び取りは鼠定石を志向した手であり、白番が得意な定石を選択できる。 縦取りの場合、これに対して黒番はc5として兎定石にするか、c3として虎定石にするかを選択できる。 兎・虎・牛・鼠のいずれの定石においても様々な変化があるが、黒番が変化を選択できることが多いため、どちらかと言うと黒番が定石の主導権を握りやすいと言われている。 終盤戦では、白番は偶数理論を使って積極的に手止まりを狙っていくことができる。 終局までパスがなければ、偶数理論を使うことができるのは後攻の白番のみであるため、一般に終盤戦は白番が打ちやすいと言われている。 もっとも、白番が打てない空きマスを作ることで黒番が偶数理論を逆用する「逆偶数理論」などの戦術もある。 このように、黒番・白番それぞれに強みとなる部分があり、どちらが有利か一概には言えない。 コンピュータによる完全解析はなされておらず、部分的な解析結果からは引き分けが結論となる可能性が高いと言われている。 オセロとコンピュータ コンピュータオセロの発展 オセロ・プログラムのエヌテスト NTest の画面 オセロは、シンプルなルールがのに適しているため、プログラミングの教材あるいはの製品として、これまで数々のコンピュータ・プログラムが開発されてきた。 オセロがで発売された、早くも4月にはN・J・D・ジェイコブスが世界初とされるのプログラムを誌に掲載した。 翌にはアーケードゲーム() 、には家庭用ゲーム()としてコンピュータオセロが製品化された。 には、からオセロ専用ゲーム機の『』が発売された。 また、1980年10月からの主催でオセロ・プログラム同士を対局させる「マイクロオセロリーグ」が定期的に開催され、その模様は記事として掲載された。 には同社からオセロを題材とした思考ゲームのプログラミング解説書も出版された。 最古のコンピュータオセロは特別強いものではなかったが、すぐにやなどのが整理され、終盤の正確な読みによって人間の上級者とも戦えるようになった。 コンピュータと人間 コンピュータオセロの開発が始まってから3年後の1980年、オセロ・プログラムのムーア Moor が当時の世界チャンピオン・井上博と対戦し、1勝を挙げた(6番勝負で1勝5敗)。 にはの開発した森田オセロが全日本選手権2位の北島秀樹ら強豪プレイヤーたちが集う大会にゲスト参加して6戦全勝で優勝した。 その後、ハードウェアの進歩とソフトウェアの改良によってコンピュータオセロは着実に力を伸ばしたが、1980年の井上戦から17年間、公の場で人間の世界チャンピオンと対戦する機会はなかった。 ロジステロ vs. 村上健 第4局(55対9でロジステロの勝ち) 5月、のがチェス世界チャンピオンのを破った その3週間後、北米研究所のマイケル・ブロが開発したオセロ・プログラムの ロジステロ Logistello と当時の世界チャンピオン・が対戦することが発表された。 対戦は同年8月に実施され、ロジステロが 6番勝負で6勝0敗の成績で勝利し、コンピュータオセロの実力がすでに人間のトッププレイヤーを超えていることを証明した。 実際には、それ以前からコンピュータの実力が人間を上回っていたことは明らかであり、村上は「もはや人間が及ぶレベルではありませんでした。 負けると思っていました」とロジステロを称えた。 なお、この対局は日本オセロ連盟の許可を得ていなかったため、無断で人類を代表して敗北した村上に対する批判の声もあったが、村上はオセロが知的ゲームの歴史に名を残すために必要な敗北であったと主張している。 頃からは、それまでに5度の世界選手権優勝経験のある古豪・がコンピュータオセロを研究に活用するようになり、世界選手権を連覇。 為則によってコンピュータ研究の重要性が知らしめられ、オセロ戦術が大きく進歩した。 現在では、多数のプレイヤーが、コンピュータと対決するのではなく、コンピュータを教師として積極的に学んでいる。 なお、タイトル戦準優勝経験のある中森弘樹によると、2016年の時点で多くのトッププレイヤーが研究に使用している最強のオセロ・プログラムはエダックス Edax である。 このほか、には、コンピュータが人類よりも強いことを逆手にとって、負けることに特化した「最弱オセロ」が公開されて話題になるなど、多様な取り組みが進められている。 オセロの解析 オセロはに分類され、複雑性は10の58乗程度である。 二人零和有限確定完全情報ゲームは、理論上、双方最善手(最善進行)ならば先手必勝・後手必勝・引き分けのいずれかの結論が下せるはずだが、オセロは2019年時点で未だにコンピュータによる完全解析はされておらず、結論は不明である。 部分的には、最善進行を前提として以下の事実が判明している。 オセロのある局面が黒番必勝・白番必勝・引き分けのいずれであるかを判定する問題は、である。 オセロ日本代表選手の佐谷哲は、2019年に「『オセロは最善進行で引き分け』という説が今後覆ることはほぼ無いだろう」と述べている。 オセロと文化 普及度 オセロを楽しむ人々 オセロは国際的に普及している。 2015年時点で、世界36の国と地域に連盟があり、世界競技人口は 約6億人と推計されている。 特に日本の競技人口は多く、によると2001年頃の時点で約6000万人である。 長谷川は、日本国内の競技人口は、が約1500万人、が約1000万人、が約500万人であり、オセロはこれらを上回っていると主張している。 なお、公益財団法人日本生産性本部余暇創研が発行している『2018』によれば、日本国内の競技人口は、トランプ・オセロ・カルタ・花札などが約2370万人、将棋が約700万人、囲碁が約190万人、チェスが調査対象外となっている。 日本の著名人の中には、 、 、 など、オセロ好きを公言している者も多い。 また、日本の皇族である(のちの天皇・上皇)も幼少期に父のとリバーシで遊んでいたことで知られる。 ツクダでオセロの商品化を担当した和久井威は、オセロがロングセラーとなった要因に対象年齢が幅広いことを挙げている。 オセロは、石の誤飲の危険性を考慮して対象年齢を6歳以上としているが、実際には何歳からでもプレイは可能である。 通常10分間以内 に決着がつくため、学校の休み時間などで楽しむことも可能である。 また、高齢者にも人気があり、などでもプレイされている。 なお、2019年3月現在、長寿世界一の人物である日本・福岡県在住の(116歳)がオセロを毎日プレイしていると話しており、最高齢競技者である。 オセロと同様のゲーム(ただし石のサイズ等はオセロの公式規定とやや異なることもある)は、「リバーシ」などの名前で安価なポータブルゲームとして日本のなど様々な店舗で販売されている。 また、インターネットでのオンライン対戦やコンピュータゲームとしても各国でプレイされている。 の、、2. 1、、、の各バージョンには、「リバーシ」という名称でオセロが標準搭載された。 表現活動におけるオセロ 日本では、以下のように様々な物事をオセロになぞらえて表現することがある。 人生は、オセロゲームのようなものだと思う。 〔 中略〕最後に、白を置くことができれば、黒は、全部白に変わる。 — 、 また、オセロを直接的あるいは間接的に題材として、様々な文化活動が行われている。 小説家のは、に『』シリーズのうちの一作として短編小説「オセロ・ゲーム」を発表した。 小説家のは、に短編小説「オセロ・ゲーム」を発表した。 漫画家のは、からにかけて漫画『オセロ。 』を発表した。 シンガーソングライターののソロユニットであるは、にアルバム『』の中で楽曲「オセロ」を発表した。 シンガーソングライターのは、にアルバム『』の中で楽曲「オセロ」を発表した。 お笑い芸人のとは、からまで「」という名前のお笑いコンビを組んでおり、それぞれ「オセロの黒」「オセロの白」という愛称があった。 このほか、 から放送されている『』 、から放送されている『』の「難問オセロ」 など、オセロ形式あるいはオセロに似た形式で対戦するがある。 大会 この項目ではを扱っています。 閲覧環境によっては、色が適切に表示されていない場合があります。 世界オセロ選手権 第1回世界オセロ選手権大会決勝 井上博 vs. トーマス・ヘイベル(34対30で井上の勝ち) 第1回大会はので開催された。 また、10回、20回、30回、40回の記念大会はいずれも日本で開催されている。 記念大会は、第20回大会まではが頃に現在のオセロのパッケージを開発した東京で開催されていたが、既述の通り頃から長谷川が「オセロの発祥はにで自身が考案した挟み碁である」と主張するようになったことを受け、三十(みと)の語呂合わせとなるの第30回大会を機に、それ以降は水戸で開催されている。 2019年時点の最多記録は、以下の通りである。 個人優勝回数記録• 無差別部門 7回: 1986, 1988-1990, 1995, 2005-2006• 女子部門 2回: 菅原美紗 2017-2018 、 ジョアンナ・ウィリアム 2014, 2019• ユース部門 2回: 2017, 2019• 個人連覇記録• 無差別部門 3連覇: 為則英司 1988-1990• 女子部門 2連覇: 菅原美紗 2017-2018• ユース部門: なし• 国別優勝回数記録• 無差別部門 32回: 1977-1979, 1981-1983, 1985-1991, 1994-1998, 2000, 2005-2007, 2009-2015, 2017-2019• 女子部門 6回: 日本 2005-2007, 2009, 2017-2018• ユース部門 4回: 日本 2016-2019• 団体部門 17回: 日本 1999, 2003, 2005-2019• 国別連覇記録• 無差別部門 7連覇: 日本 1985-1991, 2009-2015• 女子部門 3連覇: 日本 2005-2007• ユース部門 4連覇: 日本 2016-2019• 団体部門 15連覇: 日本 2005-2019 これまでの大会結果は以下の通り (国際大会で合計2回以上優勝した者に着色)。 歴代世界オセロ選手権 開催年 開催地 無差別部門優勝者 無差別部門準優勝者 女子部門優勝者 ユース部門優勝者 団体部門優勝国 第 01回 1977年 東京 井上博 トーマス・ヘイベル 第 02回 1978年 丸岡秀範 キャロル・ジェイコブズ 第 03回 1979年 井上博 ジョナサン・サーフ 第 04回 1980年 ジョナサン・サーフ 三村卓也 第 05回 1981年 丸岡秀範 ブライアン・ローズ 第 06回 1982年 デイビッド・シェイマン 第 07回 1983年 石井健一 イムレ・リーダー 第 08回 1984年 ポール・ラル 谷口良一 第 09回 1985年 パオロ・ギラルダート 第10回 1986年 東京 為則英司 ポール・ラル 第11回 1987年 石井健一 ポール・ラル 第12回 1988年 パリ 為則英司 グラハム・ブライトウェル 第13回 1989年 為則英司 グラハム・ブライトウェル イギリス 第14回 1990年 ストックホルム 為則英司 ディディエ・ピオ 第15回 1991年 ニューヨーク 金田繁 ポール・ラル アメリカ合衆国 第16回 1992年 マルク・タステ デイビッド・シェイマン イギリス 第17回 1993年 ロンドン デイビッド・シェイマン エマニュエル・カスパール アメリカ合衆国 第18回 1994年 パリ 瀧澤雅樹 カーステン・フェルボー フランス 第19回 1995年 メルボルン 為則英司 デイビッド・シェイマン アメリカ合衆国 第20回 1996年 東京 ステファン・ニコレ イギリス 第21回 1997年 アテネ 末國誠 グラハム・ブライトウェル イギリス 第22回 1998年 バルセロナ 村上健 エマニュエル・カスパール フランス 第23回 1999年 ミラノ デイビッド・シェイマン 中島哲也 日本 第24回 2000年 村上健 ブライアン・ローズ アメリカ合衆国 第25回 2001年 ニューヨーク ブライアン・ローズ ラファエル・シュライバー アメリカ合衆国 第26回 2002年 デイビッド・シェイマン ベン・シーリー アメリカ合衆国 第27回 2003年 ストックホルム ベン・シーリー 末國誠 日本 第28回 2004年 ロンドン ベン・シーリー 末國誠 アメリカ合衆国 第29回 2005年 為則英司 イ・クァンウク 星央子 日本 第30回 2006年 水戸 為則英司 マコト・スエクニ 辻淑美 日本 第31回 2007年 アテネ 冨永健太 ステファン・ニコレ 龍見有希子 日本 第32回 2008年 ミケーレ・ボラッシ 宮岡環 リーヤー・イェー 日本 第33回 2009年 高梨悠介 マティアス・ベルク 浦島芽衣 日本 第34回 2010年 ローマ 高梨悠介 ミケーレ・ボラッシ イェスカ・ヘルメス 日本 第35回 2011年 信川紘輝 ピヤナット・アンチュリー チエン・ツァイ 日本 第36回 2012年 高梨悠介 岡本一樹 ベロニカ・ステンベリ 日本 第37回 2013年 ストックホルム 岡本一樹 ピヤナット・アンチュリー ケイティ・ウー 日本 第38回 2014年 末國誠 ベン・シーリー ジョアンナ・ウィリアム 日本 第39回 2015年 高梨悠介 末國誠 ヨーコ・サノ 日本 第40回 2016年 水戸 ピヤナット・アンチュリー イェン・ソン チェン・トン 和田真幹 日本 第41回 2017年 ヘント 高梨悠介 髙橋晃大 菅原美紗 髙橋晃大 日本 第42回 2018年 福地啓介 ピヤナット・アンチュリー 菅原美紗 福地啓介 日本 第43回 2019年 東京 髙橋晃大 高梨悠介 ジョアンナ・ウィリアム 髙橋晃大 日本 オセロワールドカップ オセロワールドカップ Othello World Cup は、オセロの発売40周年を記念し、世界オセロ選手権と並ぶもう一つの世界大会として日本オセロ連盟との主催でに始まり、まで開催された。 このほか、オセロ開発者の長谷川五郎が新たに開発した全く別のゲームであるの大会も併せて開催された。 これまでの大会結果は以下の通り (国際大会で合計2回以上優勝した者に着色)。 歴代オセロワールドカップ 開催年 開催地 無差別部門優勝者 無差別部門準優勝者 女子部門優勝者 グランドオセロ部門優勝者 エイトスターズオセロ部門優勝者 第1回 2013年 東京 伊藤純哉 岡本一樹 ジョアンナ・ウィリアム マット・ビナー 中島哲也 第2回 2014年 イェン・ソン 冨永健太 チェン・トン 高梨悠介 山川高志 オセロ日本国内タイトル オセロの大会の歴史は、の 全日本オセロ選手権から始まった。 その後、日本では オセロ名人戦と オセロ王座戦が新設され、三大タイトルとされている。 これまでの大会結果は以下の通り (国際大会・日本国内大会で合計4回以上優勝した者に着色)。 歴代オセロ日本国内タイトル保持者(男子) 開催年 全日本選手権者 名人 王座 1973年 辻嘉一郎 1974年 笠原孝一 1975年 山崎明 1976年 藤田二三夫 1977年 井上博 1978年 丸岡秀範 1979年 井上博 1980年 三村卓也 河村末告 1981年 丸岡秀範 河村末告 1982年 谷田邦彦 河村末告 1983年 石井健一 長谷川武 1984年 谷口良一 石井健一 1985年 瀧澤雅樹 石井健一 1986年 為則英司 石井健一 1987年 石井健一 瀧澤信行 1988年 為則英司 為則英司 1989年 為則英司 為則英司 1990年 為則英司 為則英司 1991年 金田繁 手塚博久 1992年 坂口和大 手塚博久 1993年 瀧澤信行 末國誠 1994年 瀧澤雅樹 末國誠 1995年 為則英司 坂口和大 1996年 村上健 瀧澤雅樹 1997年 末國誠 中島哲也 1998年 村上健 中島哲也 1999年 冨永健太 冨永健太 2000年 坂口和大 坂口和大 2001年 坂口和大 村上健 2002年 駒野達也 北島秀樹 2003年 後藤宏 末國誠 2004年 為則英司 末國誠 2005年 為則英司 宮岡環 2006年 中島哲也 中島哲也 為則英司 2007年 大野友弘 冨永健太 中島哲也 2008年 飯島隆宗 宮岡環 瀧澤雅樹 2009年 瀧澤雅樹 高梨悠介 岡本一樹 2010年 佐々木惣平 高梨悠介 瀧澤雅樹 2011年 岡本一樹 信川紘輝 戸田智也 2012年 高梨悠介 岡本一樹 栗田誠矢 2013年 宮崎裕司 岡本一樹 山川高志 2014年 岡本一樹 末國誠 末國誠 2015年 末國誠 高梨悠介 高梨悠介 2016年 長野泰志 笠井雅也 高梨悠介 2017年 栗田誠矢 高梨悠介 福永小鉢 2018年 土屋正太郎 清水直希 高梨悠介 2019年 高梨悠介 髙橋晃大 髙橋晃大 歴代オセロ日本国内タイトル保持者(女子) 開催年 全日本女子選手権者 女流名人 女流王座 1973年 篠崎幸子 1974年 鈴木富美子 1975年 水谷孝美 1976年 大山恵理子 1977年 水谷美貴子 1978年 石井恵美子 1979年 玉家美樹 1980年 国枝交子 1981年 大橋公江 1982年 大寿美里香 1983年 堀内恵子 1984年 松井琴子 1985年 松井琴子 1986年 田中美由紀 1987年 玉家美樹 1988年 佐藤美由紀 1989年 渡邊あずさ 1990年 石井まさみ 1991年 渡邊あずさ 1992年 渡邊あずさ 1993年 大柳真咲 1994年 山中真美 1995年 山中真美 1996年 大柳真咲 1997年 杉山暁美 1998年 佐野洋子 1999年 佐野洋子 2000年 山中真美 2001年 玉家琴江 2002年 木下央子 大柳真咲 2003年 高野淑美 山中真美 2004年 木下央子 佐野洋子 2005年 山中真美、須藤麻依 木下央子 2006年 龍見有希子 早田恵実 辻淑美 2007年 龍見有希子 龍見有希子 船津あすか 2008年 龍見有希子 浦島芽衣 辻淑美 2009年 佐野洋子 浦島芽衣 齋藤綾 2010年 谷澤美里 谷澤美里 齋藤綾 2011年 佐野洋子 桜井結夏 佐藤玲子 2012年 佐藤玲子 山中真美 山中真美 2013年 佐野洋子 ジョアンナ・ウィリアム 星央子 2014年 龍見有希子 宮岡有希 高橋里美 2015年 船津あすか 高橋里美 早坂敏江 2016年 羽田潤 木下央子 龍見有希子 2017年 菅原美紗 山中真美 冨所多恵 2018年 菅原美紗 佐藤麗子 山中真美 2019年 菅原美紗 乗光歩 第19回世界オセロ選手権大会決勝 為則英司 vs. デイビッド・シェイマン(為則がg2に打った局面)• 、第1回アメリカ合衆国オセロ選手権が開催された。 なみいる強豪プレイヤーたちを打ち負かして優勝したのは女性数学者のキャロル・ジェイコブズ。 ボードゲームの分野で女子選手の優勝は非常に珍しい出来事だった。 ジェイコブズは、翌の第2回世界オセロ選手権にも出場して準優勝。 女性が世界2位に輝いたことは世界中で話題になった。 オセロ開発者のは、「20世紀の巴御前」とその偉業を称えた。 、第5回世界オセロ選手権の終了後、お別れパーティーの席で各国の代表選手たちはそこかしこでオセロの記念対局を始めた。 選手ではないものの関係者として同席していたオセロ開発者の長谷川は、イタリア代表選手のピエール・モローリから勝負を挑まれた。 モローリの挑戦を受けて立った長谷川は、64対0のパーフェクト勝ち。 目にした者からは「ストロンゲストマン(最強の男)!」と感嘆の声が上がった。 は、からまでオセロ名人戦、全日本オセロ選手権、世界オセロ選手権の都合9回のメジャー大会すべてで優勝。 全日本選手権では26連勝を記録し、あまりの強さから「鬼神」と呼ばれ、恐れられた。 、名人戦、全日本選手権で相次いで若手実力者に敗れた為則は長らくタイトルから遠ざかることとなった。 しかし、4年後のに復活した為則は、全日本選手権を制すると世界選手権でも決勝まで勝ち上がり、デイビッド・シェイマンと対戦。 大舞台で勝負手のX打ちが決まり、世界一の座に返り咲いた。 、第6回世界オセロ選手権で当時15歳のが優勝し、最年少記録を樹立した。 この記録はにも登録された。 36年後、の第42回世界オセロ選手権で当時11歳の福地啓介が優勝し、谷田の記録を大幅に更新した。 このとき、福地が帰国の際に搭乗したの航空機の機長は、従前の記録保持者の谷田だった。 谷田が機内アナウンスで福地を称え、自己紹介を行うと、機内は驚きと拍手に包まれた。 の第43回大会は、当初で開催予定だったが、をめぐる混乱を受け、世界オセロ連盟が中止の決断を下した。 そこで、代替地として開催実績のある東京が挙がり、1996年以来、実に23年ぶりに東京での開催が実現した。 大会では、ホスト国となった日本が無差別部門の表彰台(1位から3位まで)を独占し、団体戦でも優勝を飾った。 オセロの段級位 日本オセロ連盟はを採用しており、主要な世界大会・日本大会の結果に基づき、選手に・級位を与えている。 2019年現在、最高位の九段を保持しているのは、以下の7名である。 為則英司• 村上健• 坂口和大• 末國誠• 瀧澤雅樹• 高梨悠介• 岡本一樹 なお、では、棋士、女流棋士、アマチュアの段級位はそれぞれ別個の制度であるが、オセロの段級位はすべて共通である。 派生ゲーム ニップ 円形ニップの盤面 ニップ Nip は、盤面の形を変更したリバーシの派生ゲームである。 オセロに先行する類似ゲームとして、オセロ開発者のがその名を挙げている。 このゲームには、• 八角形の盤面を用いるニップ• 円形の盤面を用いるニップ の2種類がある。 八角形のニップは、隅を増やすことで競技を多様化するとの意図により、松本彌助によって考案され、に実用新案登録がなされた。 なお、リバーシとは異なり、両者ともに打つ箇所がない場合には、ゲームを終了するのではなく、好きなところに打って良いというルールが採用されていた。 は戦時中に八角形のニップで遊んでいたと語っている。 また、に廃業したホテルは、歴史的建造物として内装がそのまま保存されており、ホテル内で遊ばれていた当時のニップが展示されている。 和光荘に展示されているニップは、八角形の盤面であり、石の色は赤白である。 なお、オセロ発売前にも関わらず、オセロと同様の 緑の盤面を使用している。 一方、現在主流となっているのは円形のニップである。 このタイプは、隅がないゆえに自分の石を確定させることができず、終盤でいつ逆転が起きてもおかしくないスリリングな展開を特徴としている。 円形ニップは、にゲーム会社の創業者である花山直康および蜂須賀千博、中村九蔵によって実用新案出願がなされている。 ハナヤマのニップは、実用新案の時点ではピン状の駒を盤面に刺してプレイするゲームであったが、その後はリバーシと同様に石を裏返すゲームとなり、複数のゲームが遊べる「ダブルクインテットNEO」や「ゲーム12」といったパッケージの中に収録されて発売された。 公式派生ゲーム メガハウス(ツクダ、ツクダオリジナル、パルボックス)によるオセロの公式派生ゲームは、これまでに様々なものが発売されてきた。 代表的なものは以下の通りである。 エイトスターズオセロ(終売) 旧称「88オセロ(エイティエイトオセロ)」。 グランドオセロの盤面から四隅を切り落として八角形状にしたもの。 みんなでオセロ 四人対戦を可能にしたもの。 グランドオセロとエイトスターズオセロは、で公式種目に採用された。 その他の派生ゲーム ロリット 4人対戦可能なオセロ派生ゲームとしては、前述のみんなでオセロがメガハウス公式の商品として存在するが、このほかに ロリット Rolit と呼ばれる球体の石を用いたものがある。 非公式の派生ゲームとしては、教授のパズル・ゲーム研究者であるが1983年に考案した フェアリーオセロが知られている。 小谷は、オセロという名前は「-Own(自分の石を打つ) Set-Enemy(相手の石を裏返す) Reset-Own(自分の石はそのまま)」というルールを示しているものと意図的に誤読し、これらの単語を様々に組み合わせることで数十種類の派生ゲームのルールを作成した。 例えば、オセレ「-Own(自分の石を打つ) Set-Enemy(相手の石を裏返す) Reset-Enemy(相手の石はそのまま)」であれば、自分の石 Own と相手の石 Reset-Enemy に挟まれた相手の石 Set-Enemy を裏返すというルールになる。 また、佐藤周二は、オセロ用具を使用した新ゲーム 4・7を考案し、解説書を出版している。 最近では、の販売強化手法の一つとして、複数のボードゲームを抱き合わせにして製品化することもある。 この場合、オセロの石を使って、盤面を縮小した、、、崩し、のチップ等として遊ぶこともあるが、これらはあくまでパッケージとしてのおまけにすぎず、独立して大会などが開かれるものではない。 このほか、長谷川五郎が開発した全く新しい別ゲームである (原型はセルゴ、ソクラテス )もオセロの派生ゲームとしてオセロの大会内でプレイされることがある。 文献・資料 総合・歴史• Cotton, Fry; Lopes, L. 1888. 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オセロ (ボードゲーム)

世界 最 弱 オセロ

クイズバラエティ番組『東大王』(TBS系)で人気を博したクイズプレイヤー・伊沢拓司が8月4日、自身の運営するYouTubeチャンネル「QuizKnock」に、ネットで「負けたくても負けられない」と話題の世界最弱のオセロAIに挑戦する動画を投稿した。 毎年恒例のクイズ大会及びクイズ番組『全国高等学校クイズ選手権』(日本テレビ系)で史上初の個人連覇を達成した経歴を持つ伊沢をはじめとする「クイズマスター」たちが登場し、高難易度のクイズや有名中学の入試問題、Google社の入社試験などに挑んでいくYouTubeチャンネル兼WEBメディア「QuizKnock」。 今回のフィーチャーされたのは、「世界最弱のオセロAI」。 AI関連事業を展開する企業「AVILEN」が、「勝つ」ことではなく、「負ける」ことにこだわり抜いて開発したこのAIは、開発者の吉田拓真氏が「負けられるなら負けてみてくれ!」とツイートしたことでも話題になった。 これまでの通算戦績は、1728勝・44万8538敗・73引き分け。 勝率はなんと0. 38%という抜群の勝負弱さを発揮している。 そこで伊沢と東大博士過程のQuizKnockライター・須貝駿貴は、この最弱AIに「負けること」を目指して知恵を働かせていくことになった。 はじめにチャレンジしたのは須貝。 打ち立てた戦略は、通常有利とされる盤面の「端」を取らず、できるだけ真ん中に石を置いていくというシンプルなもの。 さらに、かつて伊沢とオセロをした際に提唱された「相手の取れる場所を減らして、自分の取れる場所を増やす」という必勝の金言の逆、つまり「相手が取れる選択肢を多くすること」を心掛けて臨んでいくとも宣言した。 ところが、そこは百戦錬磨の最弱AI。 須貝の思惑とは裏腹に巧みな打ち筋によって、端へ端へと追い込まれていく。 その見事な展開力に伊沢は思わず「うっわ!うまいし、下手!」「本当に、ここしかないような絶妙に下手なポイントに打ってくるな!」と脱帽した。 一方の須貝は「なんでそんな不利になるように置くんだよ……!」と元も子もない嘆き節も。 終わってみれば、須貝:53(黒) AI:11(白)で、42石の黒石で盤面を席巻した須貝の圧勝。 そのカタキを取るべく、続いて伊沢が最弱AIと対局することに。 基本的な攻略法は 「中央に石を置く」「相手の選択肢を減らす」という須貝と同じものだった。

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