文化 放送 松島 茂。 松島茂が死去で死因は病気(肺腺がん) 結婚して嫁はいる?

文化放送アナウンサー・松島茂さん(47歳)が肺腺がんで逝去 原発事故直後、被災地を訪問していた 魑魅魍魎男

文化 放送 松島 茂

『箱根駅伝実況中継』などでメイン実況を担当し、文化放送のスポーツアナの中心的存在として活躍した松島茂(まつしま・しげる)アナウンサーが、2月23日午前7時20分、肺腺がんのため死去した。 47歳だった。 24日に同局が訃報を伝えた。 書面では「株式会社 文化放送 アナウンサー 松島 茂(まつしま しげる)は、去る2020年2月23日午前7時20分、肺腺がんのため 満47歳にて永眠いたしました」と報告。 「ここに生前の厚誼に対し深く感謝いたしますとともに、謹んでお知らせ申し上げます」と伝えた。 また、きょう24日午後6時からの『のまいどスポーツ』の冒頭では、同局の長麻未アナ、太田英明アナ、長谷川太アナが出演。 太田アナが「まずは、リスナーの皆様へお知らせ、ご報告がございます。 去年の11月から闘病を続けてまして、番組をお休みさせていただいておりました、文化放送 松島茂アナウンサーがきのう、肺腺がんのため永眠されました。 47歳でした」と報告。 続けて、長谷川アナが、松島アナの経歴や思い出を振り返り「今週と来週は予定を変更いたしまして、松島茂アナウンサーの追悼特別番組を放送いたします」とリスナーに伝えた。 番組で一緒にパーソナリティーとして出演していた岩本氏は「頑張りました、頑張りました」と声を絞って報告。 「松っちゃんはラジオを僕に教えてくれた人なんです。 球場ではじめて会ったとき『同級生だからよろしく』と言われた。 親友だったんです。 親友はぎょうさんいませんが、松っちゃんは親友でした。 2週間前にお見舞いにいって握手して握力があった。 先生の言うこと聞いて早く帰ってきてと言ったら、彼は最後まで復帰すると言っていました」と号泣。 「仕事は全部全力だった。 手を抜かない男だった。 彼の分まで頑張るしかない!」と語った。 松島アナは、1972年3月5日 埼玉県蕨市生まれ。 早稲田大学教育学部卒業後、1994年4月文化放送に入社。 入社以来、文化放送アナウンサーとして数々の番組に出演。 特に『文化放送ライオンズナイター』および『箱根駅伝実況中継』ではメイン実況を担当し、スポーツアナの中心的存在として活躍。 アテネ五輪やリオ五輪でも実況中継を担当。 スポーツ情報番組『岩本勉のまいどスポーツ』(毎週月曜 後6:00〜)には2007年2月から出演し、元日本ハムファイターズ投手の岩本勉氏とダブルパーソナリティを務め人気を博した。 昨年12月からは病気療養を続けていた。 通夜は、2月27日午後6時30分〜、葬儀ならびに告別式は2月28日午前10時30分〜12時30分。 会場はセレモニー川口ホール(埼玉県川口市川口2-14-1)。 喪主は妻・松島早苗さん。 なお、記帳台を文化放送2階総合受付横に設置し(2月25日〜3月6日/平日午前8時〜午後8時のみ。 初日は正午から。 最終日は午後6時まで)「一般の方は、こちらにお越し下さい。 通夜・葬儀へのご列席はご遠慮下さいますようお願いいたします」としている。

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岩本勉氏、23日死去の文化放送・松島茂アナ悼む 声震わせ「気がついたら親友の1人やった」― スポニチ Sponichi Annex 芸能

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ラジオ文化放送の松島茂(まつしま・しげる)アナウンサーが23日午前7時20分に肺腺がんのため、入院していた都内の病院で亡くなった。 47歳。 24日、同局が発表した。 松島アナは1994年(平6)に文化放送入社。 プロ野球中継「文化放送ライオンズナイター」の看板アナウンサーとして西武ファンの間でも人気だった。 丹念な取材と落ち着いた語り口で西武の現役選手、OBからも信頼されていた。 「岩本勉のまいどスポーツ」(月曜午後6時)なども担当。 元日本ハムの岩本氏との軽妙な掛け合いでプロ野球の醍醐味(だいごみ)を多角的な視点で伝えていた。 昨年10月に息苦しさを感じるなどの体調不良が続いたため、検査したところ病気が判明。 実況としての仕事は10月22日の日本シリーズ第3戦(ソフトバンク-巨人)での担当が最後となった。 スタジオでの仕事は11月25日の「岩本勉のまいどスポーツ」での出演を最後に12月から療養していた。 松島アナは12月3日のツイッターで「私少々体調を崩してしまいまして、お休みをいただいています。 しっかり体のメンテナンスをして又放送マイクの前に戻ります」(原文)と報告していた。 通夜は27日午後6時30分から埼玉県川口市川口2・14・1「セレモニー川口ホール」で、葬儀は28日午前10時30分から同所で営まれる。 喪主は妻・松島早苗さん。 東京・浜松町にある文化放送本社2階でも25日から一般向けの記帳台を設置する。

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松島茂アナ 死因の病気:肺腺がんになった理由!死去された原因について

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来歴・人物 [ ] の出身で、同県の(旧)内で長らく生活していた。 を経て進学したでは、多数のアナウンサーを輩出してきた学内のアナウンス研究会で活動。 を経てとしてスポーツ中継などでで活動しているは、高校・大学・アナウンス研究会での同期であった。 大学卒業後のに、アナウンサーとしてへ入社した。 同期入社のアナウンサーは(現在は報道部の記者)。 文化放送では、先輩アナウンサーのや早稲田大学アナウンス研究会での後輩でもあるなどとともに、スポーツ中継の実況やリポートを主に担当。 『』(中継)やなどを中心に活動していたほか、では、リポーターとして開催国のへ派遣されていた。 プロ野球中継では、の・対戦で、西武の日本シリーズ制覇の瞬間を実況。 に『文化放送ライオンズナイター』で放送された対戦()中継では、(当時は西武の)が一軍公式戦のシーズン最多安打記録(216安打)を達成した瞬間を伝えた。 さらに、とでは、への派遣アナウンサーとしてラジオ中継で実況。 担当競技は不明だが、日本代表の獲得の瞬間を伝えたこともあったという。 このような経験から、の開催が決まってからは、女子競泳競技決勝の中継でによる獲得の瞬間を実況することを目標に掲げていた。 の11月末までは、スポーツアナウンサーとして活動しながら、スポーツ中継やスポーツ関連番組のプロデューサー・ディレクターを兼務。 同年の『文化放送ライオンズナイター』では、対戦()中継の実況担当として、西武の2連覇達成の瞬間を伝えていた。 その一方で、翌10月には、息苦しさを感じるなどの体調不良が続いたという。 後に受診した健康診断でが判明したため、12月以降は放送の現場を離れて、病院での療養に専念。 上に開設していた自身のアカウントや、から毎週月曜日にレギュラーで出演していた『』では、「私少々体調を崩してしまいまして、お休みをいただいています。 しっかり体のメンテナンスをして又放送マイクの前に戻ります」とだけ発表していた。 の7時20分に、のため逝去した。 47歳没。 文化放送では、翌に松島の訃報を伝えるとともに、松島の病名を初めて公表した。 生前最後に出演したスポーツ中継はの(の対戦)関東ローカル向けラジオ中継(実況担当)、最後にスタジオから出演した番組は同年に生放送の『岩本勉のまいどスポーツ』。 現役のスポーツアナウンサーとして活動中の逝去であったため、訃報が伝わった直後からは、文化放送の番組共演者・関係者にとどまらず、他局やのアナウンサー(早稲田大学アナウンス研究会のOBなど)が追悼のコメントを出演番組などで相次いで発表。 西武から2020年にのに移籍したばかりの秋山からは、西武時代に松島との親交が深かった縁で、日本プロ野球のに相当する「プレシーズンゲーム」でMLBにおける対外試合初安打を放った際のボールが遺族に 急遽 ( きゅうきょ )届けられた。 に川口市内で執り行われた・では、『文化放送ライオンズナイター』でたびたび共演していたが弔辞を述べた ほか、のの記者証やプロ野球・箱根駅伝の取材メモなどがに収められている。 は、自身の名前(茂)や経歴(早稲田大学出身のアナウンサー)にちなんで「放音稲茂居士」。 松島の急逝を受け、文化放送は2月25日から3月6日までの11日間にわたり、同社受付に一般聴取者用の記帳台を設け、期間中に訪れて記帳した一般聴取者は約1500人に上った。 文化放送で毎年発売している「アナウンサーカレンダー」の2008年版に、飼い犬と一緒に映った写真が使われたほどの愛犬家。 また、が得意で、生前は「アナウンサーになっていなかったらになっていた」と称していた。 ちなみに、時代に箱根駅伝関連の取材を通じて知り合ったとは、卒業後も親しく交流。 で現役を引退した後のには、『箱根駅伝の道』(箱根駅伝への出場を目指す学生ランナーや選手を支える関係者を紹介する取材企画で毎年10 - 12月に放送)の担当プロデューサー兼アナウンサーとして、柏原のナビゲーター起用に尽力した。 このような縁から、松島の訃報を受けて追悼文を公表した。 また、2019年4月に柏原と結婚したは、文化放送契約アナウンサー時代のからまで、『岩本勉のまいどスポーツ』のアシスタントとして松島と共演していた。 その縁で、の同番組では、松島同席の下で夫婦揃って結婚を報告。 さらに、松島の葬儀や告別式にも参列している。 過去の担当番組 [ ]• 「松島一直線」というマイクネームで、 若手アナウンサー時代にとして出演。 中継所のリポーターを経て、2019年まで往路(または復路)のセンター実況を担当。 プロ野球のナイターオフ期間には、本戦への出場校を取材したうえで、その模様を『箱根駅伝への道』(2013年度以降は『』への内包コーナーとして放送)で随時報告していた。 肺腺ガンで入院加療中だった2020年にも、クレジット上は企画担当として中継に参画。 実際の中継では、松島に代わって、後輩アナウンサーのがセンター実況担当に初めて 抜擢 ( ばってき )されていた。 箱根駅伝の中継日(1月2日・3日)が平日と重なる場合に中継の直前まで放送されることから、駅伝の優勝校を予想する企画で、毎年正月の放送に出演することが恒例になっていた。 (から戦中継の実況担当を継承)• では、2012年にラジオ中継の実況、2013年6・7月にテレビ中継()の司会・実況を担当。 以降も不定期で、テレビ中継に出演していた。 (2007年2月4日放送分よりアシスタントを担当)• レギュラーアシスタントへ起用される前にも、臨時のアシスタントとして1回出演。 起用後は、プロデューサーも兼務していた。 2019年11月25日放送分まで出演した後に休演。 翌週(12月2日)の放送分で、体調不良による休演である旨のコメントを出した。 パーソナリティのは松島と同学年で、共演を重ねるにつれて、プライベートでも親交を深めていたという。 2020年2月10日放送分では、当時病院で療養中だった松島を見舞ったことを明かしている。 逝去の翌日(2020年2月24日)が月曜日であったため、同日と翌週(3月2日)は、松島への追悼特別番組として放送。 2月24日放送分では、アナウンス部長のと長谷川が松島の訃報を冒頭で伝えた 後に、生前親交の深かった柏原・・らがスタジオや電話で松島の思い出やエピソードを語った。 主に月曜日を担当。 そのまま前述の『まいどスポーツ』に出演していた。 毎年春・夏・秋の3回にわたって設けられる・メジャーリーグ関連のコーナーで、2019年の途中まで岩本と共演していた。 サタデースポーツパラダイス(ナイターオフ期の土曜日夕方のスポーツニュース枠)• (2009年10月 - 2010年9月、火曜日・木曜日キャッチャー)• (番組内のスポーツコーナー「すぽバラ! 」「箱根駅伝への道」に不定期出演)• (「7時の情報デリバリー」の月曜枠「ソコトコ スポーツ」に不定期で出演) 以下はいずれも、文化放送からへの派遣アナウンサーとして、ラジオでの競技中継の実況を担当。 (の戦などの中継)• 脚注 [ ] []• 加藤暁の熱き実況日記. 2020年3月8日閲覧。 川畑とは、2019年7月3日に北海道放送と文化放送の相互ネットで放送された対西武戦()のラジオ中継で初共演(実況:川畑、西武側ベンチリポーター:松島)。 翌4日の同カード中継も相互ネットで放送されたため、川畑が日本ハム側、松島が西武側のベンチリポーターを務めた。 2020年3月2日. 2020年3月26日閲覧。 2020年2月24日. 2020年3月8日閲覧。 2020年2月24日. 2020年3月8日閲覧。 、 2020年3月8日閲覧。 プレスリリース , , 2020年2月24日 , 2020年2月24日閲覧。 日刊スポーツ. 2020年2月28日. 2020年3月8日閲覧。 日刊スポーツ. 2020年2月27日. 2020年3月8日閲覧。 日刊スポーツ. 2020年3月16日. 2020年5月7日閲覧。 柏原竜二 2020年2月25日. ピースオブケイク. 2020年3月8日閲覧。 スポーツ報知. 2019年4月22日. 2020年3月8日閲覧。 スポーツ報知. 2020年2月24日. 2020年3月8日閲覧。 外部リンク [ ]• bunkamatsu -.

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