オマーン 国王。 オマーン国王死去 米・イランの橋渡し役 首相も近く訪問予定

オマーン新国王が即位 「共存路線を継承」 (写真=AP) :日本経済新聞

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ドバイからオマーンへの陸路国境越え ドバイからオマーンへ移動する道中のバスからの車窓 街は発展していることが予想できたので、都市と都市の間や国境が見たく、ドバイから陸路でオマーンへ向かう。 やはり広大な景色に圧倒されたが、一方でなかなか文明という文明に巡り合わなかったので大丈夫かな?と不安になった。 ドバイ寄りの車窓 道は非常に綺麗でインフラはかなり整っている印象。 揺れは少なくて、かなり快適だった。 ドバイから7時間。 オマーンの入国審査は X線などではなく、入国管理のスタッフの人力による荷物検査と、 1つ 1つの荷物を麻薬犬が嗅ぐ形式。 そして都心部も岩山と近代的な建物のコラボレーションで、他にはない独特な都市だった。 オマーンの最近の発展が面白い! 宿泊したホテルから撮影。 窓越しなのでフィルターを通したみたいな色… 歴史や固い話が苦手な人は飛ばして~ 日本では習わない歴史 … 今のオマーンは現ザイール国王の近代化政策が成功して、成り立っている。 彼ではない国王であったら、今でも後進国のままだった可能性もある。 実は 40年ほど前は、オマーンは国家の安定のためにと、国民の教育機会を抑圧していた。 当時は小学校ですら、わずか 3校しかなく、大学もなかったとか … そんな政策を取っていたのが現国王の実の父親であり、実の父親を追放して、国王の座を掴んだのである。 そんな現国王・ザイール国王は、イギリスの大学に通い、世界一周経験もあったりとかなりアクティブ。 インフラも整備し、「国づくりは人づくり」と石油資源で得たお金を近代化のためにつぎ込んだ。 こういう歴史の経緯があるので、国民の国王に対する尊敬の念は強い。 この国王が倒れた後の政治運営や国民からの忠信を得るのは大変そうだ … シンガポールもだが、独裁政権であってもその主が優秀で志があれば、良い形での発展ができる。 一方で北朝鮮やベネズエラなどは逆に失敗の傾向にある。 民主主義よりも勢いある舵を取れるだけに、独裁政権も良い面と悪い面があると改めて実感。 オマーンの観光が面白い! オールドオマーンからマトラへ歩いていた道中のオマーン湾 実はオマーンの観光資源はポテンシャル超高め? 観光先を紹介するのは得意ではないので、写真を載せつつ、軽く紹介したい。 天気が良すぎて、写真が超いい感じだけど、この記事の写真は全て吉野撮影 バックパッカーが少ないからかドミトリーやゲストハウスなどの施設はないみたい。 宿が高いことと、公共交通機関の使い方が難しい。 また食事もビリヤニなどインド風で、何か特別美味しいものは見つけることができなかった。 こちらはマスカット港を守る砦。 15世紀は小さい港だったが、16世紀のポルトガルの植民地になってから貿易の中心地として発展。 オマーンは東アフリカ、インド、ペルシア湾、中東を結ぶ航路を持つため重要な位置とされる。 その際に築かれた砦である。 こちらは噂のザイール国王の王宮。 ちなみに1800年代のオマーン帝国の全盛期の頃、首都はタンザニアのザンジバルにあったらしい。 ケニアのモンバサや、モザンビークにまでその戦力は及んだとか… イスラム教が大半を占めるため、各地にモスクがある。 こちらはオールドマスカットで綺麗だったので撮影したが詳細不明。 僕は行かなかったけど、砂漠のドライブとかも良きらしい。 今までも色々と観光地を見てきたけど、オマーンの観光地も予想以上に素敵であった。 石油依存からの脱却に、観光資源が一躍買うだろうと強く思う。 その際にはオマーンへ直行便含めた、航路の整備が重要だなぁ… 調べて見たら、オマーン政府が株を保有する「」があって、知らないだけで結構、航路的にも頑張ってた。 オマーン政府はこの航空会社の株を30%保有してたけど、2007年で80%に引き上げ、2010年には99. 8%でほぼ国営化してる。 政府が考えることも同じか…笑 国交の問題もあると思うけど、中国とかから直行便飛ばして、団体客の受け入れするのが一番早いのかなぁ… オマーン人全然いない現象 南アジア系の人ばかりが働いていた土産街のマトラスーク 僕がしっかりと会話をした人の中にオマーン人がいなかった。 お土産屋のモルディブ人、 KFCで絡んだバングラデシュ人、ホテルのスタッフのインド人、レストランのスタッフのバングラデシュ人。 空港で一緒に飯を食べたエンジニアのインド人。 たまたまなのかなぁと思ったり、オマーン人は銀行や役場などで働いているのかなと思ったり… これも調べてみると、人口の30%が外国人労働者らしい。 きっと、いわゆるサービス業の最前線にその外国人労働者が従事しているので、僕はオマーン人との接触が少なかったんだろうな。 シンガポールやマレーシアなど東南アジア系の国にもよくあるけど、外資系の企業が進出する際は、「何割はオマーン人を雇いましょう」という決まりもあるらしく、オマーン人は良い仕事に従事できる確率が高いと推測される。 調べてたら僕の好きな情報の詰まったレポートを見つけたので、もっと知りたい方は オマーンの石油依存と今後に関して 首都マスカットを走る公共交通バス・市民や観光客の足となる。 めちゃ綺麗! やはりオマーンはオイルマネーで潤っていると言っても過言ではない。 面白いランキングを見つけたので、こちらを参考に。 によると オマーンは 5位。 国家収入の 84%を石油に依存している。 しかし、石油はいつかは枯渇するし、それより今はシェールガスの登場や再生可能エネルギー・省エネ製品の流通で石油の価値は下がっている。 石油のモノカルチャーからの脱却が必須である。 気候的に畜産や農業では勝負できないので、製造業や IT系、観光などに限られるが、どれかに水準を絞って開発計画を進めたほうが良いなと思う。 政府も石油への依存を脱却しようとしているようだが、どう転ぶか、どう舵を切るか、今後の展開が非常に興味深い。 ITに関しては空港で南インドから働きに来てたエンジニアは本当は UAEの方が給料が良いけど …と漏らしていた。 つまりは言い方が悪いが、 UAEにご縁のなかった人がオマーンに流れて来ている感じで魅力はあまりないのかもな…と思った。 最後に感想を… いつもは現地の食事を積極的に食べるが、今回はあまり合わなくて、結果、KFCに救われた。 この国に新たな産業を作ることは、確かに大きな価値となるのは間違いない。 そういう意味で、起業家が入り、新たな雇用を生み出し、石油依存脱却に貢献するのは興味深い。 ただ、今の段階でオマーンにベンチャーはないと思われ、環境としてもかなり進出はしにくい。 ルワンダみたいに政府主導でベンチャーが立ち上げやすい風土や、外資系企業を呼び込む政策があれば、外国人の僕たちも入りやすいんだけどな。 外資系企業を取り込んでうまく成長したのがオマーンの前に滞在していたドバイで、これもブログに書きたいな。 まだ書いてない 今、滞在しているヨルダンは石油資源がなく、良くも悪くも変わった手法で財政を保っている。 中東の社会情勢、実際に来たから興味を持ったけど、本当に興味深い…•

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オマーン国王崩御、ハイサム王子が後継に(動画)

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オマーンでは国王が国家元首で、カブース国王は首相、外相、国防相などを兼任し、約50年にわたって国を率いてきた。 国王には子供がおらず、王室が後継者を指名する。 1970年、宮廷内の革命によって国王だった父に代わって即位した。 前国王時代の鎖国政策を転換し、71年には国連に加盟するなど、外交や経済の国際化に努めた。 中立外交を展開し、イランとの関係も良好で、欧米との橋渡し役を務めた。 イラン核合意においても重要な役割を果たした。 イスラエルとも関係を保ち、中東和平の実現にも積極的に関わっていた。 死因は明らかにされていないが、がんを患っていたとの報道がある。 ここ数年、体調を崩しており、昨年12月からベルギーの病院で治療を受けていたという。 yomiuri. jpg?

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オマーンのカブース国王=2011年10月、マスカット(EPA時事) 【ベイルート時事】中東オマーンの国営メディアは11日、カブース・ビン・サイド国王が10日に死去したと伝えた。 79歳だった。 近年は大腸がんを患っていたとされ、欧州などでたびたび治療を受けていた。 政府は3日間の服喪を宣言した。 1940年、南部サラーラ生まれ。 皇太子だった70年、父親のサイド国王を宮廷クーデターで追放して即位。 英国の支援を受けたとされる。 即位後はそれまでの鎖国政策を転換し、原油関連収入などを基盤とした経済発展を志向した。 首相や国防・外務・財務相、軍最高司令官も兼務して絶大な権力を掌握。 国内の安定に腐心し、中東の民主化運動「アラブの春」の中でも混乱が起きなかった。 非同盟中立を掲げた全方位外交を展開。 米国やイランと良好な関係を維持し、双方の仲介役を担った。 また、国交のないイスラエルのネタニヤフ首相とも会談するなど、中東和平推進に尽力した。 在位は半世紀にわたり、国家元首としては世界屈指の長さだった。

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