ノブオ 漫画。 武士スタント逢坂くん!(1)

『ドラゴンヘッド』“恐怖”とは何か?‐漫画界最恐の男〈ノブオ〉‐

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作品概要 ドラゴンヘッド• ジャンル 青年漫画• 作者 望月峯太郎• 出版社 講談社• 掲載誌 週刊ヤングマガジン• レーベル ヤングマガジンKC• 発表期間 1994年 — 1999年• 巻数 全10巻• 話数 89話• 国 日本• 言語 日本語 参考 あらすじ 中学の修学旅行の帰途、新幹線の窓から外の景色を眺めていた青木照(テル)は、視線の先に大きな火柱が上がるのを確認した。 その直後、突如原因不明の衝撃に襲われ車内は停電、脱線した車両はトンネル崩落事故に巻き込まれてしまった。 生き残ったのはテルの他に、同級生の瀬戸憧子(アコ)と高橋ノブオ(ノブオ)の3人のみ。 レビュー 『ドラゴンヘッド』は1994年より週刊ヤングマガジンにて連載された望月峯太郎による漫画作品である。 過酷な環境下で極限状態に陥った少年少女の生き様を描く、究極のサバイバル・スリラーとなる。 単行本の累計発行部数は650万部を超え、2003年には妻夫木聡主演で映画化もなされた人気作品。 97年には第21回講談社漫画賞の一般部門を受賞しており、その完成度も折り紙付き。 それではそんな現在でも多くのファンを持つ本作について、内容の解説とともに個人的な感想を述べていきたいと思う。 *若干のネタバレ注意! 最悪の終学旅行!世紀末のサバイバル 本作では未曾有の大災害によって荒廃した世界を舞台に、過酷な環境下を生き抜く少年たちの狂気に満ちた生存闘争を描いている。 第1話で起きた事故の原因は、おそらくは富士山の大噴火が関係するものだと思われるが、その真相は定かではない。 主人公たちは訳も分からず放り出された血と暗黒のなか、酸素も食料もない自らも死の危機に瀕している状況で、得体のしれない恐怖に陥る人間と、人から人へと伝播する負の感情に抗いながら必死で生へと食らいついて行くこととなる。 時代背景としては、本作の連載が開始した翌年、かの日本を揺るがす大災害「阪神淡路大震災」が発生している。 偶然にも作品内の設定と重なりを見せたこの凄惨な出来事は、本作におけるサバイバル環境のリアリティを増す一部要因になったとも考えられる。 アプローチの仕方としては、恐怖の対象となるものを明確にビジュアライズするのではなくあえてぼかすことによって、個人間における判断基準を超越した恐怖という感情そのものに迫っている。 この手法は、有名どころで言うとスティーヴン・キングの小説『霧』やフランツ・カフカの『変身』等でも見受けられる。 小説では文字化した怪異の姿が読者の想像にゆだねられるという性質上有効な手段となるが、否が応でも作画が伴う漫画でこれを体現するのは至難の業かと思しい。 ともすれば、これを可能にしているのはひとえに望月氏の習熟した漫画技法以外の何物でもないと言える。 どこか無機質で生気の失った瞳、ひと目でわかる陰のオーラを纏った人物のタッチ、ベタを巧みに利用した画面構成や淡々と狂気を積み重ねていく演出によって、物語の核心となる部分を上手くかわしつつ、読み手の恐怖心を最大限まで増幅させることに成功している。 こうして生成された恐怖は一過性のものとは異なり、引き際の見えないいつまでもまとわりつくような忌まわしきものとなる。 同氏のホラーへの造詣は93年制作の『座敷女』でも垣間見えるが、本作ではその哲学をよりスタイリッシュに、よりダイナミックに昇華したと言えるだろう。 雑誌の読者層に合わせたエンターテインメント性の高い仕上がりにもなっており、本作が当時圧倒的な人気を誇ったのもなんなとうなずける。 りゅうずとは?「ドラゴンヘッド」の謎 初見ではタイトルの「ドラゴンヘッド」が一体何を指しているのかが気になるところかと思うが、それを解き明かすには作中現れるある人物が発する「りゅうず(龍頭)」という言葉が鍵となる。 ここで全貌を語ることは控えさせてもらうが、「ドラゴンヘッド」という語感に妙に惹きつけられたという方は、もしかするとその時点でもう作者の術中に嵌っていると言えるかもしれない。 ヒントは本作のテーマ。 勝手に想像し恐れるがいいッ。 圧倒的な存在感!高橋ノブオの異常性 本作を象徴するキャラクターとして、「ノブオ」という少年が登場する。 体中にペインティングしたあの圧倒的なビジュアルは忘れようとしても忘れられない。 集合体恐怖症の方からすればそれだけで悪魔のような存在だろう。 『ドラゴンヘッド』という作品を知らなかったとしても、ノブオというキャラクターは見聞きしたことがあるという方も多いのではないだろうか。 それほどまでに彼の存在は強烈なものとなっているのだ。 元々いじめられっ子ということで出だしから情緒不安定気味ではあるのだが、作中ではその狂気が加速度的に増すこととなる。 見た目のみならず中身も則して異常であり、皆さんご承知の通り全身に口紅で奇妙なペイントを施したり、寝ている女子生徒(アコ)の服を脱がせてごにょごにょしたり、教師の死体を槍(手作り)で突き刺したりとやりたい放題。 その異常性こそが彼の魅力でもあるのだが、もし仮に僕が幼少期に彼の姿を目にしていたとすれば、トラウマになっていたことは間違いないと言える。 まとめ いかがだっただろうか。 以上で今回のレビューは終了したいと思う。 単行本の巻数も全10巻と短いため、短い時間でサクッと読めてしまうのもうれしいところ。 日本漫画史に残るサバイバル・サイコスリラー、ぜひともあなたのその目で確認していただきたい。 尚、映画版『ドラゴンヘッド』に関しては、山田孝之扮する実写版ノブオを見たいという方に限り視聴することをおすすめする。

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ビーバップハイスクールの最終回はどんな終わり方?終わった理由は?

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本作の舞台は、未曽有の大災害によって荒廃してしまった日本。 どこまでも広がる黒煙と大量に降り注ぐ灰によって太陽の光が遮られ、昼間でも薄暗くどんよりとしています。 ほとんどの建物が崩壊し、見渡す限り瓦礫の山……。 このような光景が精密に描写されているのが、本作の魅力のひとつでしょう。 荒廃した世界の絶望感を見事に表現し、読者を引き込んでいくのです。 もうひとつの魅力は、終末感が漂うなかで人々の心に生じる、闇と葛藤です。 主人公の青木照と同級生の高橋ノブオは、閉じ込められたトンネル内で、誰もいないはずの暗闇の存在に怯えます。 また救いを求めて怪しい儀式をくり返す物や、暴徒と化してしまう者、恐怖を取り除くために脳に手術を施す者など、平和な時では考えられないような異常な行動をとる人物が登場。 彼らの心の中に潜む葛藤を生々しく描き、もし自分が本作の世界に放り込まれたらどうなってしまうのかと、読者に深く考えさせるのです。 主人公の青木照(テル)は中学生。 修学旅行の帰りの新幹線の中にいました。 ぼんやりと窓の外を眺めていると、大きな火柱があがっているのが見えます。 その直後、車内は大きな衝撃に見舞われました。 テルが目を覚ますと、あたりは真っ暗。 人の動く気配はしません。 新幹線から降りて周囲の様子をうかがうと、車体は崩落したトンネル内に完全に閉じ込められていました……。 同級生を含め、ほとんどの人が死亡。 生き残ったのはテルの他に、同級生の瀬戸憧子(アコ)と高橋ノブオだけ……。 やがてノブオは発狂して行方がわからなくなり、テルとアコは2人でトンネルからの脱出を図るのです。 なんとか外に出ることができた彼らは、道中で出会った自衛隊員などと協力しつつ、東京を目指します。 【トンネル内編】 青木照(テル) 本作品の主人公。 中学生です。 修学旅行の帰りの新幹線で謎の大災害に襲われ、トンネル内に閉じ込められてしまいました。 荒廃した世界でさまざまな葛藤と戦いながら、アコを守りたい一心で自宅のある東京を目指します。 瀬戸憧子(アコ) テルの同級生。 もともと普通の少女でしたが、東京へ向かう道中ではテルを助けるために危険を顧みない行動をとるなど、徐々に勇気と機転を備えていきます。 原因は不明ですが「ナルコレプシー(居眠り病)」の兆候があり、たびたび強い眠気に襲われている描写がありました。 高橋ノブオ テルとアコの同級生。 事故の後テルやアコとともに車内で過ごしますが、何日も暗闇の中にいたため発狂。 行方不明になりました。 その後はテルの夢の中に何度も登場し、テルは彼を救えなかった後悔に苦しみ続けることになります。 トンネル内に閉じ込められていた3人は、いつか救助が来ると信じて何日も待ちますが、一向にその気配はありません。 自分たちは世間から見捨てられたのではないかという不安、そして何日も暗闇の中にいる恐怖から、ノブオは徐々に正気を失っていくのです。 恨んでいた生活指導の教員の遺体を切り刻んだり、化粧品を使って全身におぞましいメイクを施すなど、狂気にむしばまれていきます。 2巻の表紙にもなっている大きく切り裂かれた口と全身の黒い斑点は、闇に飲まれた心を表しているようで攻撃的。 一方のテルも、誰もいないはずの暗闇の向こうに何かの存在を感じてしまうなど、徐々に心を憔悴させていきます。 「闇と友達になるんだ!! 」(『ドラゴンヘッド』2巻より引用) 正気を失ったノブオは、やがてテルを殺そうとするほどおかしくなってしまいました。 そのころテルは、トンネルからの脱出経路を発見。 狂って行方がわからなくなったノブオを置いて外へ出ます。 【脱出!荒野となった日本編】 仁村 (にむら) 自衛隊が実施している「集団作戦」から抜け出した、元自衛隊員の生き残り。 世の中を斜に構えてみる癖があり、大災害に見舞われた際も、傍観者を決め込むことで苦難から目をそらし続けていました。 テルとアコと出会い、不本意ながらも彼らに協力するうちに、厳しい現実と向き合うことができるようになります。 岩田 仁村の同僚の自衛隊員で、彼に従って「集団作戦」から離脱しました。 ヘリの操縦をすることができ、仲間のピンチを何度も救っています。 中年女性 テルたち4人が伊豆に不時着した際に出会った女性。 自宅跡で行方がわからなくなっている息子を探していました。 医療に詳しく、破傷風に罹ったテルを看病して優しい言葉をかけてくれました。 アコにとっては唯一本心で話せる人物。 作中でもっともまともな心を持っている人ではないでしょうか。 道中でアコとはぐれてしまったテルは、ひとりで東京を目指します。 トンネルの中で闇に消えたノブオのことを思い出しては後悔していました。 それでも歩みを止めません。 「ノブオは消えてしまった。 だけど僕は気づくことができた。 あの闇も、この闇も、本当に怖いものはこんなものなんかじゃない。 怖いからって……恐ろしいからってその中に何があるのか見極めようとしない自分の心こそがあの闇なんかよりずっとずっと恐ろしいんだ!! 」(『ドラゴンヘッド』7巻より引用) やっとのことで東京にたどり着くと、そこは黒い雲に覆われ、死体と瓦礫の山が重なる死の街となっていました……。 本作のタイトルを表す「竜頭」の男。 脳の海馬や扁桃体などを取り除くなどの手術をし、恐怖を感じなくなった男たちの総称です。 彼らはみな手術のために頭髪をすべて剃り、頭部に大きな十字の手術跡があります。 その見た目とうつろな表情は、なんともいえないおぞましさ。 アコたちが出会った菊地という名の「竜頭」は、恐怖のなくなった世界はとても安らかだと言って微笑み、暴徒に襲われて血まみれになっても火だるまになっても、笑い続けていました。 絶望的な世界におかれた時、恐怖に立ち向かうのが正しいのか、恐怖を取り去ってしまうのが正しいのか……本作が読者に投げかけている大きなテーマです。 【宗教編】 死の街と化した東京を彷徨うテル。 人の声が聞こえたため地下へと入っていくと、やがて電気が通っている避難所を発見しました。 そこには大量の非常食が用意されていましたが、避難民たちはどこか生気がありません。 なんと地下に蓄えられた非常食には、緊急時に人々がパニックに陥らないよう、「恐怖を取り除く成分」が含まれていたのです。 それを食べていた避難民たちは、生き延びているのにいつしか生気を失っていました。 避難所を束ねていたのは、ひとりの男です。 平穏に暮らすためには恐怖を取り除くしかないとして非常食を分け与えていましたが、恐怖を感じなくなった人間たちは、逆に恐怖を追い求めるようになるという矛盾を語りました。 」(『ドラゴンヘッド』9巻より引用) 恐怖を受け入れて生きるべきだと考えるテルは、彼らの元を去ります。 「バカなんだ。 確かに気づかなくていい問題を無理やり掘り起こして苦しんでいるのかも……生きてる意味なんて、なんで僕はここにいるのかなんて、そんなこと考えるのは。 」 「でも……その答えのほんの一部でも見つけることができれば……命をかけて生き延びてきた価値があるんだって……今思えるんだ」(『ドラゴンヘッド』10巻より引用) 避難民たちは恐怖を求めるあまり、人命救助にやってきた他国の隊員たちに襲いかかるテロリストのような存在になってしまいました。 テルはやっとの思いで自宅のある東京に戻ってきましたが、そこはこれまでの旅路のなかでも最大の廃墟となっていました。 立ち込める黒煙が空を漆黒に塗りつぶし、降り注ぐ灰が数多の瓦礫と死体を覆い、まさにこの世の地獄といった有様です。 またテルは、地下を歩いているる際に煌々と流れる溶岩を発見しました。 まさかここが東京だとは信じられません。 作中で名言はされていませんが、おそらく大災害の発生地は東京ではないかと思われる描写があります。 某国の秘密文書に「日本に極秘裏に核兵器を配備してきた」という記述があったり、地下の避難所で放射性物質のマークの付いた部屋を発見したりと、核が原因かと匂わせるような描写もあります。 【最終回】 「世界の終りに独りは嫌だ!」(『ドラゴンヘッド』10巻より引用) かつて通っていた中学校の跡地で、テルとアコの2人は再会します。 そして瓦礫と暗雲に覆われた東京で、立ちすくしました。 まさに世界の終わり。 絶望的な状況ながら、それでもテルは希望を捨てようとはしません。 希望を持ち、未来のことを想像して生きていれば、きっと実現できる……そう強く思ったところで本編は終了します。 このあと世界は滅ぶのか、それとも復興していくのかは記されておらず、読者の想像に任せる形がとられています。 また日本をここまで荒廃させた大災害の正体が何なのかも、明言されていません。 火山の噴火なのか、大地震なのか、核兵器なのか曖昧なままです。 さらに作中ではテルが悪夢にうなされる描写が多かったり、アコのナルコレプシーとみられる症状があったりすることから、夢オチなのではないかと捉えることもできます。 多くの謎を残したままのラストに、少々投げっぱなしなのではないかという意見もあります。 しかしさまざまな想像ができる終わり方をすることで、主人公のテルが抱いている考え方が際立つのではないでしょうか。 どんなに絶望的な状況でも、希望をもって生きていれば未来はやってくるというメッセージが込められているように感じます。

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ビーバップハイスクールの最終回はどんな終わり方?終わった理由は?

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本作の舞台は、未曽有の大災害によって荒廃してしまった日本。 どこまでも広がる黒煙と大量に降り注ぐ灰によって太陽の光が遮られ、昼間でも薄暗くどんよりとしています。 ほとんどの建物が崩壊し、見渡す限り瓦礫の山……。 このような光景が精密に描写されているのが、本作の魅力のひとつでしょう。 荒廃した世界の絶望感を見事に表現し、読者を引き込んでいくのです。 もうひとつの魅力は、終末感が漂うなかで人々の心に生じる、闇と葛藤です。 主人公の青木照と同級生の高橋ノブオは、閉じ込められたトンネル内で、誰もいないはずの暗闇の存在に怯えます。 また救いを求めて怪しい儀式をくり返す物や、暴徒と化してしまう者、恐怖を取り除くために脳に手術を施す者など、平和な時では考えられないような異常な行動をとる人物が登場。 彼らの心の中に潜む葛藤を生々しく描き、もし自分が本作の世界に放り込まれたらどうなってしまうのかと、読者に深く考えさせるのです。 主人公の青木照(テル)は中学生。 修学旅行の帰りの新幹線の中にいました。 ぼんやりと窓の外を眺めていると、大きな火柱があがっているのが見えます。 その直後、車内は大きな衝撃に見舞われました。 テルが目を覚ますと、あたりは真っ暗。 人の動く気配はしません。 新幹線から降りて周囲の様子をうかがうと、車体は崩落したトンネル内に完全に閉じ込められていました……。 同級生を含め、ほとんどの人が死亡。 生き残ったのはテルの他に、同級生の瀬戸憧子(アコ)と高橋ノブオだけ……。 やがてノブオは発狂して行方がわからなくなり、テルとアコは2人でトンネルからの脱出を図るのです。 なんとか外に出ることができた彼らは、道中で出会った自衛隊員などと協力しつつ、東京を目指します。 【トンネル内編】 青木照(テル) 本作品の主人公。 中学生です。 修学旅行の帰りの新幹線で謎の大災害に襲われ、トンネル内に閉じ込められてしまいました。 荒廃した世界でさまざまな葛藤と戦いながら、アコを守りたい一心で自宅のある東京を目指します。 瀬戸憧子(アコ) テルの同級生。 もともと普通の少女でしたが、東京へ向かう道中ではテルを助けるために危険を顧みない行動をとるなど、徐々に勇気と機転を備えていきます。 原因は不明ですが「ナルコレプシー(居眠り病)」の兆候があり、たびたび強い眠気に襲われている描写がありました。 高橋ノブオ テルとアコの同級生。 事故の後テルやアコとともに車内で過ごしますが、何日も暗闇の中にいたため発狂。 行方不明になりました。 その後はテルの夢の中に何度も登場し、テルは彼を救えなかった後悔に苦しみ続けることになります。 トンネル内に閉じ込められていた3人は、いつか救助が来ると信じて何日も待ちますが、一向にその気配はありません。 自分たちは世間から見捨てられたのではないかという不安、そして何日も暗闇の中にいる恐怖から、ノブオは徐々に正気を失っていくのです。 恨んでいた生活指導の教員の遺体を切り刻んだり、化粧品を使って全身におぞましいメイクを施すなど、狂気にむしばまれていきます。 2巻の表紙にもなっている大きく切り裂かれた口と全身の黒い斑点は、闇に飲まれた心を表しているようで攻撃的。 一方のテルも、誰もいないはずの暗闇の向こうに何かの存在を感じてしまうなど、徐々に心を憔悴させていきます。 「闇と友達になるんだ!! 」(『ドラゴンヘッド』2巻より引用) 正気を失ったノブオは、やがてテルを殺そうとするほどおかしくなってしまいました。 そのころテルは、トンネルからの脱出経路を発見。 狂って行方がわからなくなったノブオを置いて外へ出ます。 【脱出!荒野となった日本編】 仁村 (にむら) 自衛隊が実施している「集団作戦」から抜け出した、元自衛隊員の生き残り。 世の中を斜に構えてみる癖があり、大災害に見舞われた際も、傍観者を決め込むことで苦難から目をそらし続けていました。 テルとアコと出会い、不本意ながらも彼らに協力するうちに、厳しい現実と向き合うことができるようになります。 岩田 仁村の同僚の自衛隊員で、彼に従って「集団作戦」から離脱しました。 ヘリの操縦をすることができ、仲間のピンチを何度も救っています。 中年女性 テルたち4人が伊豆に不時着した際に出会った女性。 自宅跡で行方がわからなくなっている息子を探していました。 医療に詳しく、破傷風に罹ったテルを看病して優しい言葉をかけてくれました。 アコにとっては唯一本心で話せる人物。 作中でもっともまともな心を持っている人ではないでしょうか。 道中でアコとはぐれてしまったテルは、ひとりで東京を目指します。 トンネルの中で闇に消えたノブオのことを思い出しては後悔していました。 それでも歩みを止めません。 「ノブオは消えてしまった。 だけど僕は気づくことができた。 あの闇も、この闇も、本当に怖いものはこんなものなんかじゃない。 怖いからって……恐ろしいからってその中に何があるのか見極めようとしない自分の心こそがあの闇なんかよりずっとずっと恐ろしいんだ!! 」(『ドラゴンヘッド』7巻より引用) やっとのことで東京にたどり着くと、そこは黒い雲に覆われ、死体と瓦礫の山が重なる死の街となっていました……。 本作のタイトルを表す「竜頭」の男。 脳の海馬や扁桃体などを取り除くなどの手術をし、恐怖を感じなくなった男たちの総称です。 彼らはみな手術のために頭髪をすべて剃り、頭部に大きな十字の手術跡があります。 その見た目とうつろな表情は、なんともいえないおぞましさ。 アコたちが出会った菊地という名の「竜頭」は、恐怖のなくなった世界はとても安らかだと言って微笑み、暴徒に襲われて血まみれになっても火だるまになっても、笑い続けていました。 絶望的な世界におかれた時、恐怖に立ち向かうのが正しいのか、恐怖を取り去ってしまうのが正しいのか……本作が読者に投げかけている大きなテーマです。 【宗教編】 死の街と化した東京を彷徨うテル。 人の声が聞こえたため地下へと入っていくと、やがて電気が通っている避難所を発見しました。 そこには大量の非常食が用意されていましたが、避難民たちはどこか生気がありません。 なんと地下に蓄えられた非常食には、緊急時に人々がパニックに陥らないよう、「恐怖を取り除く成分」が含まれていたのです。 それを食べていた避難民たちは、生き延びているのにいつしか生気を失っていました。 避難所を束ねていたのは、ひとりの男です。 平穏に暮らすためには恐怖を取り除くしかないとして非常食を分け与えていましたが、恐怖を感じなくなった人間たちは、逆に恐怖を追い求めるようになるという矛盾を語りました。 」(『ドラゴンヘッド』9巻より引用) 恐怖を受け入れて生きるべきだと考えるテルは、彼らの元を去ります。 「バカなんだ。 確かに気づかなくていい問題を無理やり掘り起こして苦しんでいるのかも……生きてる意味なんて、なんで僕はここにいるのかなんて、そんなこと考えるのは。 」 「でも……その答えのほんの一部でも見つけることができれば……命をかけて生き延びてきた価値があるんだって……今思えるんだ」(『ドラゴンヘッド』10巻より引用) 避難民たちは恐怖を求めるあまり、人命救助にやってきた他国の隊員たちに襲いかかるテロリストのような存在になってしまいました。 テルはやっとの思いで自宅のある東京に戻ってきましたが、そこはこれまでの旅路のなかでも最大の廃墟となっていました。 立ち込める黒煙が空を漆黒に塗りつぶし、降り注ぐ灰が数多の瓦礫と死体を覆い、まさにこの世の地獄といった有様です。 またテルは、地下を歩いているる際に煌々と流れる溶岩を発見しました。 まさかここが東京だとは信じられません。 作中で名言はされていませんが、おそらく大災害の発生地は東京ではないかと思われる描写があります。 某国の秘密文書に「日本に極秘裏に核兵器を配備してきた」という記述があったり、地下の避難所で放射性物質のマークの付いた部屋を発見したりと、核が原因かと匂わせるような描写もあります。 【最終回】 「世界の終りに独りは嫌だ!」(『ドラゴンヘッド』10巻より引用) かつて通っていた中学校の跡地で、テルとアコの2人は再会します。 そして瓦礫と暗雲に覆われた東京で、立ちすくしました。 まさに世界の終わり。 絶望的な状況ながら、それでもテルは希望を捨てようとはしません。 希望を持ち、未来のことを想像して生きていれば、きっと実現できる……そう強く思ったところで本編は終了します。 このあと世界は滅ぶのか、それとも復興していくのかは記されておらず、読者の想像に任せる形がとられています。 また日本をここまで荒廃させた大災害の正体が何なのかも、明言されていません。 火山の噴火なのか、大地震なのか、核兵器なのか曖昧なままです。 さらに作中ではテルが悪夢にうなされる描写が多かったり、アコのナルコレプシーとみられる症状があったりすることから、夢オチなのではないかと捉えることもできます。 多くの謎を残したままのラストに、少々投げっぱなしなのではないかという意見もあります。 しかしさまざまな想像ができる終わり方をすることで、主人公のテルが抱いている考え方が際立つのではないでしょうか。 どんなに絶望的な状況でも、希望をもって生きていれば未来はやってくるというメッセージが込められているように感じます。

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