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吉次信男、福本哲也 昭和52年卒 関東地区幹事 昭和52年 1977年 3月卒業の卒業後40年の記念同窓会を、静岡県熱海市の「料理旅館渚館」において、2017年10月14日 土曜日 に開催しました。 私達卒業生の同窓会は、卒業後5年毎に宮崎から始まり福岡、東京、滋賀等、最寄りの地区に住んでいる卒業生が幹事を持ち回りで開催し、今回で8回目となります。 今回は卒業生38名中20名の参加と横田漠先生と中澤隆雄先生のご出席を頂きました。 38名の中には連絡が取れない人 5名 や、ご家族の都合等で出席出来ないと連絡があった卒業生がいましたが、40年目にしてはかなり高い出席率ではないかと思います。 両先生のご挨拶で会は始まり、各人の学生時代の昔話と近況報告であっという間の楽しい時間でした。 例年通り最後は「土木粋歌」の合唱と、最近肺の一部を切除したため学生の頃のような大声が出せないと尻込みしていた 実際は学生時代よりも大声で安心しましたが 山下徳太郎君の「フレーフレー土木」というエールで散会し、旅館内のカラオケへ向かいました。 同窓会当日も翌日も生憎の小雨模様だったため、初めて熱海を訪れた方々が市内観光出来なかったのは残念なことでしたが、5年後のクラス会は山下徳太郎君が現在住んでいる福井県、10年後は林田輝久君が住んでいる長崎県五島で開催するということで皆さんに賛同頂き、それまでは皆元気でいることを誓ってそれぞれ帰路につきました。 酒井 英明(昭和39年卒) 東京オリンピックの開催、東海道新幹線の開通と高度成長期の始まりつつある昭和39年に我々の仲間25名は、官庁・ゼネコン・コンサル等々に就職し、全国に散らばって行った。 その後元気だった若き企業戦士は、高度成長期を支えて功労者として頑張ってきたが、半世紀以上が過ぎ、メタボとなり、髪は薄くなり白髪が混じり、足腰も弱くなり背中も曲がったり、また何らかの病気を抱えていたりしていた。 25名の内、石原・岩﨑・長友・冨重の4君は既に亡くなり、池田・遠座・勝本・川上・後藤・酒井・田水・立山・馬場・浜川・久野・藤井・松尾・与那城・渡辺の15名が平成29年5月23日(火)、青島のリゾ-トホテルに集まった。 それまで約10年毎に開催されていた宮崎での同窓会も、定年退職後、太宰府、湯布院、桜島、長崎、京都、大阪と約1年半毎に開催されるようになった。 しかし、同窓会も今度が最後だろうと、皆の提案で懐かしき宮崎でと、久しぶりの開催が決まる。 身体が衰えてきたとはいえ、声だけは皆達者で「よう!! 久しぶり、元気だったか!!?? 」とそれぞれが再会を喜び合った。 趣味のこと、家族のこと、病気のことや近況を語り合い、ビ-ルや焼酎を酌み交わす内盛り上がり、あっという間に3時間が経過した。 翌朝、元気な者は、片道30分弱の青島に出掛けた。 鬼の洗濯岩に囲まれたビロウヤシの茂る青島は、今も全く変わることなく日向灘に浮かんでいる。 8時過ぎからホテルを後にし、車4台に分乗して木花の宮崎大学の新キャンパスへ向かう。 移転して既に30年近くが過ぎていると思われるが、まだ一度も訪ねていない者も居て、今回の見学となった。 我々の孫のような学生が次々と通学してくる中、出口先生と久保さんが出迎えて下さり、出口先生から懇切丁寧にキャンパスの概要を受けた。 その後、久保さんに工学部の講義棟や実験実習等の案内をして貰う。 それにしても比較にならないほどの素晴らしい環境の中にあるキャンパスだ。 忙しい中、出口先生、久保さん本当に有り難うございました。 また旧宮崎大学の跡地も訪問。 工学部の跡地は、JAの大きなビルと広い駐車場となり、全く当時の面影は残っていない、また農学部や学芸学部の跡地には、公共の建物等が建てられ緑豊な公園となり、宮崎市民の憩いの場に変身していた。 最後に平和台公園に出掛け、工学部正門からここまでレベル測量の実習を行った事等を思い出す。 当時見渡すことのできた宮崎市街地の建物も、樹木が大きく成長し見晴らしは悪くなっている。 この公園内のレストランで昼食会とし、我々の「喜寿同窓会」は、終わった。 そして再会を約束して解散し、それぞれの家族の元へと帰って行った。 その解散を待っていたかのように南国宮崎に小雨が降り始めた。 今回の同窓会が最後となる筈であったが、相変わらず皆元気だと言う事で、次回も1年半後に関西で開催されることになった。 それまで健康に留意し、元気な顔をまた見せて欲しいものである。 また今回欠席者の参加も期待している。 地元の世話役に感謝します。 昭和41年3月に宮崎大学を卒業した同級生27名は石松康英、前田栄作の両君を亡くしたがまだ25名が元気に老境を楽しんでいます。 平成28年3月で卒業50周年となるのを機会に50周年同窓会を出雲の地で開催しました。 参加者は25名の内15名が参加し島根県玉造温泉ホテル保性館で平成28年11月15日から17日まで2泊3日で観光地を巡りました。 日本一の庭園と言われる足立美術館や平成27年に国宝に指定された松江城と堀川遊覧、出雲大社など観光名所を巡りました。 2晩続いた宴会では昔話に花を咲かせ、孫の可愛さや健康法などが話題の中心でした。 最後の宴会ではカラオケで昔にかえり高校3年生や青い山脈を全員で熱唱しました。 年は取りましたが今後も元気で3年後の再会を約束して散会いたしました。 (写真前列右側から山下亮二、高畑征三郎、西村正秀、岡山義人、大塚龍亮、日高嘉明、佐々木勝朗、後列右側から足立俊一、田中郁亮、山下文洋、米良晃一、大場興司治、高松隆一、波多野信、大迫義一以上15名参加) 中村 和明 昭和30年卒 平成21年6月5日 金 宮崎市「ウエルシティ宮崎」において昭和30年卒同窓会 サーティ会 を開催しましたので報告します。 私たち昭和30年卒はサーティ会の愛称のもとに集い、ほぼ毎年北九州、宮崎を中心に九州各地で例会を開催し、サーティ通信を年1回発行するなどして近況報告、情報交換を重ねてきました。 平成14年第22号で中止し、平成17年珠玉編で終刊する 前回は平成17年5月、卒業後50周年記念同窓会を全員参加のもとに開催しました。 それから4年、会員の多くが喜寿77歳に達するのを記念して「喜寿サーティ会」を開催しました。 出席者は12名 柴田、是石、同夫人、田原、辻、中村、藤、前田、同夫人、吉原、同夫人、渡辺 出席者はそれぞれに健康上の問題などを抱えてはいるが、いわば一病息災、家族の協力もあって出席でき、再会を果たせたことを喜び合いました。 宴会では、専ら近況報告と情報交換に終始し、カラオケは省略せざるを得ませんでした。 人生の次の節目を80歳に置き、そこで次回の傘寿サーティ会を持ち事情の許す会員は集まろうと言う感情がいやが上にも高まったのも当然。 会場からは幾度も「営業時間締め切りです」の催促を受けながらも、立ち去りがたい思いで語り合った。 私は、後片付けも終了した会場に一人眠っておりました。 ほっとしたのでしょうか、恥ずかしい限り 平成21年6月6日 土 朝食後解散。 私たちは前回の50周年記念会から4年の間に、井手、押川 俊 、櫛間、田上、の4会員を失いました。 居住地が遠隔地のために、葬儀に列席できなかった数名も含め、押川、櫛間、田上会員の墓参を果たすなどして、それぞれ帰途に就きました。 このため、開催日時を事前連絡するなど準備致しましたが、それぞれ定年後も社会活動に専念していたり、また、三連休ということもあり日程調整が出来ず、結局は、横浜の岡本君を始め全国から9名の参加となりました。 しかし、それぞれの厚い思いで、盛大(?)に開催できたましたことをまずもってご報告いたします。 10月10日に台風一過のすばらしい秋晴れに恵まれた、ここ熊本の阿蘇内牧温泉を代表する石庭旅館「鵬閣」に集まり、ゆっくりと温泉につかり日頃の疲れを癒し、開宴と成りました。 各自近況報告となりましたが、政権交代に伴う今後の土木行政の見通しから、余生は農業にチャレンジしている事、加齢に伴い体調不良になった事、そしてかわいい孫の誕生など、宴が進むにつれ話題は尽きず遂には部屋に酒を持ち込み、遅くまで阿蘇の夜を堪能したところです。 翌日は、車2台に分乗して火口見学へ向かったものの風向きわるく規制中のため、火山博物館で地球の成り立ちを再勉強し、阿蘇外輪山の眺望所「大観峰」から世界最大のカルデラの雄大さを実感したところです。 我々47卒生も既に2名が故人となり、寂しくなりましたが、次回開催を九州新幹線全線開通後の平成23年春に、鹿児島での再会を固く約束し解散となりました。 安藤 久司 昭和35年卒 平成20年11月18日 火 、東京は浅草、浅草寺近くの老舗「やっこ」で同窓会を開催。 ホテルは一軒隣りの「ユニゾ浅草」である。 現存する当クラスのメンバーは20名、全員が古希を迎えた現在、初の東京開催ではたして何名が参加できるか気になる。 とりあえず東京周辺に在住の6名を発起人とし、小生と木下君、芦刈君の3名が事務局メンバーとなり準備にとりかかる。 今回は東京の地域特性からホテルと宴会場を分離し宴会の翌日は都心部の見学を行うこととした。 当日は福岡、宮崎、愛媛の各県から5名、地元メンバーを加え11名が集合、何十年振りの友もいて宴会は予定時間を大きくオーバー、とりあえず中締めとなる。 二次会はホテルの特別室、一次会はビール、焼酎であったので少しグレードアップしたブランデーとし、つまみは千葉名産の落花生を加えた。 明日は10㎞近いウォーキング、やむを得ず1時間程でカラオケ組と残留組とに分かれ、さらに旧交を温める。 さて、翌日は都心部見学である。 コースは銀座線浅草駅 9時 を振り出しに上野・有楽町・銀座・新橋・日本橋・東京 八重洲~丸の内 ・渋谷・原宿・乃木坂・六本木ゴールは東京駅 17時 である。 当日は快晴、見学ツアーにはベストの天候である。 8時45分雷間前に集合、日本で最古の地下鉄である浅草・上野間を乗車、アメ横丁を左に見て不忍の池へ上野公園に入り西郷さんの銅像の前で記念撮影。 園内を足早に通りJR上野駅から東京へ、東京駅で手荷物をコインロッカーに預け有楽町へ、再開発事業で一新した駅前広場から有楽町マリオン 西武・阪急両デパート及び多数の映画館が入る複合ビル をぬけ年末ジャンボ宝くじで人気の西銀座チャンスセンターに立寄る。 ㈱国土開発コンサルタント 有田 勉(平成7年卒) 1.はじめに 私は平成7年に宮大土木を卒業し、現在勤務している㈱国土開発コンサルタントに入社しました。 入社後この業界で働くなかで、技術士の方々の活躍を間近でみながら、自分も将来は技術士の資格を取得したいと、漠然ではありましたが思いました。 また、昨今の不景気、受注環境の変化のなかで、建設コンサルタントの業界で働く者としては絶対に取得しておくべき資格であると考え、平成16年度から技術士試験を受験することにしました。 平成17年度の受験では筆記試験に合格したものの口頭試験で不合格、平成18年度の受験では筆記試験で不合格となり、平成19年度の受験でようやく合格し、念願の技術士(上下水道部門:下水道)となることができました。 平成21年度3年次(平成19年入学)担任 土手 裕 平成21年度の夏期特別実習(インターンシップ)では、30名の実習生(過年度生1名含む)を官公庁ならびに民間会社に受け入れていただきました。 基礎力および応用力も未だ十分には身につけておらず、社会常識にも疎い学生の実習をお引き受けいただきましたこと、深く御礼申し上げます。 大学の教室内での講義とは全く異なった貴重な体験によって、学生が幾分かは成長した様子がうかがえ、実社会での経験が何にもまして重要であることをつくづく感じているところです。 この経験が、将来学生が土木技術者として生きていく上できわめて有益であることは間違いありません。 このような実習による教育効果には大きなものがありますが、受け入れて頂ける各機関の皆様の暖かいご支援があってこそのものであり、今後とも「特別実習」に対してご高配、ご協力をいただきますようお願い申し上げますとともに、関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

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【お知らせとおことわり】 夕刊デイリー新聞ならびにYUKAN-DAILY-WEBを ご利用いただきありがとうございます。 著作権保護のためWEBブラウザ上からの記事・写真の ダイレクトプリントができないようになっております。 ご了承下さい。 サイト内の写真は本紙に掲載されたものですが 本紙掲載分の写真については以下のような規定があります。 夕刊デイリー新聞社は、本紙に掲載された写真の提供サービス(有料)をしています。 スポーツで活躍した場面の写真、ステージでの発表会、さまざまな行事で新聞に掲載された写真をご家族の記念に保存されてはいかがですか? 写真は本紙記者がデジタルカメラで撮影したもので、新聞紙上では白黒でも提供写真はカラープリントです。 写真のサイズと料金は次の通りです。 ラミネート加工は200円追加) L サイズ (8. 7センチ) 1枚 200円 LL サイズ (12. 8センチ) 1枚 800円 (ラミネート加工は200円追加) 提供できない写真もありますので、まず、本社にお電話をください。 掲載日などをお聞きし写真を確認した上で準備します。 受け渡しは、本社または支社、支局に来社していただくことになります。 写真によっては提供サイズが限られる場合があります。 また、事件、事故、災害、選挙、肖像権に関係する写真や本社に版権のない写真は提供できませんのでご了承ください。 写真は個人的利用に限ります。 印刷物などに用いることはできません。 写真提供サービス開始とともに、これまでの貸し出しサービスは終了します。 定員370人AIやIoT分野の人材育成 宮崎大学工学部は1日、現在の7学科を来年4月から1学科に集約すると発表した。 学部全体の定員370人はそのままで、新たな分野を加えて各学科を横断的に学べる環境を整備。 地域から求められる応用性など、幅広い知識・技術を備えた人材育成を目指す。 同学部には地域の行政機関や企業から、複数分野の横断的教育や学際的・融合的な人材の養成が希望されているという。 これに応えるべく、現在ある環境応用化学や電気システム工学などの7学科を、応用物質化学、土木環境工学、応用物理工学、電気電子工学、機械知能工学、情報通信工学の6教育プログラムからなる「工学科」に改組する。 学生は1年次に共通科目で専門基礎を養いながら、前期でプログラムごとの基礎知識や主な進路などの概要を把握。 後期にはプログラムに沿った2分野について学ぶ。 2年次からは希望する2プログラムを中心に知識を深めるが、可能性を狭めないよう、1年次に学んだ分野以外からの選択も認める。 その上で、他分野も横断的に学習できる共通融合科目や、異なるプログラムの学生同士で防災に強いまちづくりや商店街活性化など、地域の課題解決策を考えるPBL科目(問題解決型学習)にも取り組む。 同学部によると、学生の就職先からはAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)など情報通信分野の人材が不足していると指摘されており、学内の工学基礎教育センターにデータサイエンス部門を設置。 1年次の共通科目では、広く求められる数理情報・データ処理能力と併せた基礎教育に注力する。 また、宮崎大学が重点分野に位置付けている太陽エネルギー・再生可能エネルギーの研究・開発は、工学部から大学院への接続をさらに促進。 太陽熱・太陽光高度活用技術の研究開発分野で、世界トップクラスの実績を誇る環境・エネルギー工学研究センターの機能強化を図るという。 入試要項については、新型コロナウイルス感染拡大による臨時休校への配慮を求める文部科学省の方針を待ち、今月末に発表される見込み。 同学部は「技術者にも他分野の人とのコミュニケーションが求められており、知識とスキルを併せ持つ学生を育てていければ」としている。

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事務局(木花キャンパス) (昭和24年)に設置の旧 宮崎大学と(昭和49年)設置の旧 宮崎医科大学が統合し、(平成15年)10月に誕生した。 教育学部(教育文化学部)、農学部、工学部、地域資源創成学部は木花キャンパス(宮崎市学園木花台西、 )、医学部は清武キャンパス(宮崎市、 )にある。 スローガンは「世界を視野に、地域から始めよう」、は池ノ上克。 旧宮崎大学の前身となるおよびの校地は宮崎市中心部の各所に点在していた。 このため、旧宮崎大学は1972年8月にキャンパスの移転・統合を決定し、1980年代後半にの主要施設として宮崎市南部のに移転・統合した。 、旧宮崎大学と旧が統合し、新「宮崎大学」となる。 (平成28年)4月の新学部「地域資源創成学部」の設置、および教育文化部の改組(教育学部への改称)、農学部増員、工学研究科の改組が申請されており、2015年(平成27年)8月に認可された。 歴史 [ ] 教育学部 [ ] 教育学部講義棟 教育学部の直接のルーツは、旧制の と に求められる。 これらの学校はさらに、(明治17年)設立の宮崎県尋常師範学校と(大正11年)設立の宮崎県実業補習学校教員養成所までその淵源を辿ることができる。 戦後のの中で、1949年、宮崎師範学校と宮崎青年師範学校を基に宮崎大学にが設置された。 (昭和41年)、学芸学部はに改称。 さらに(平成11年)には教員養成を主な目的としない(いわゆるの)地域文化課程・生活文化課程・社会システム課程の3課程が設置され、学部名を「 教育文化学部」に改称。 2008年(平成20年)に地域文化課程・生活文化課程 ・社会システム課程が統合の上、人間社会課程が設置された。 大学院は、(平成6年)に教育学研究科が設置(修士課程)され、(平成20年)には()として、教職実践開発専攻が設置された。 2016年(平成28年)4月の改組が認可され、人間社会課程の募集を停止し、学部名を「 教育学部」に改称した上で、教員養成に特化することとなる。 農学部 [ ] 農学部講義棟 のルーツは、旧制の 宮崎農林専門学校さらに遡って(大正13年)設立の がルーツである。 この宮崎農林専門学校を母体に1949年、宮崎大学にが設置された。 (昭和42年)に宮崎大学の中ではいちばん早く大学院農学研究科(修士課程)が設置されている。 2007年には、農学・工学を連携・融合させた農学工学総合研究科 博士後期課程 を設置し、2010年には、医学・獣医学を連携・融合させた医学獣医学総合研究科 博士課程 を設置した。 (昭和63年)から、九州内のいくつかの大学とともに 鹿児島大学大学院(博士課程)に参加し、(平成2年)には、獣医学科を設置する周辺大学とともに 山口大学大学院(博士課程)に参加したが、2007年度より農学工学総合研究科(博士後期課程)の設置に伴い鹿児島大学大学院連合農学研究科から離脱、2010年度より医学獣医学総合研究科(博士課程)の設置に伴い山口大学大学院連合獣医学研究科から離脱した。 工学部 [ ] 工学部講義棟 (昭和19年)2月に 宮崎県高等工業学校として設立し、同年8月に改称した が、のルーツである。 1949年に宮崎大学工学部として学芸学部や農学部と同時に設置された。 大学院工学研究科は(昭和51年)に修士課程(より博士前期課程)が、(平成8年)に博士後期課程が設置されていたが、2007年博士後期課程は農学工学総合研究科設置に伴い廃止された(これに伴い、博士前期課程は修士課程となった)。 医学部 [ ] は、1974年(昭和49年)設立の 宮崎医科大学がそのルーツである。 設置の前年(昭和48年)に、創設準備室が宮崎大学内に設置されていた。 いわゆる1県に1医科大学を設置するという政府方針によって作られた大学である。 (昭和52年)にが、(昭和55年)に大学院医学研究科(博士課程)が設置された(修士課程は2003年に設置)。 博士課程は2010年の医学獣医学総合研究科設置に伴い廃止となり、修士課程は医科学看護学研究科へ改称された。 (平成15年)全国的な大学統合の流れの中で、宮崎大学と統合し 宮崎大学医学部となったが、部活動などは旧宮崎大学と統合されず、そのまま存続するものがほとんどだった。 2005年度の入学試験からは地元枠を設け、地元宮崎県出身者約10人が入学した。 地域資源創成学部 [ ] 2016年(平成28年)に設置。 地域経済活性化と地域振興を実現する人材の育成を目的とする。 特色 [ ] 教育学部 [ ] 農学部 [ ] 応用生物科学科が認定を受けている。 同窓会の名誉会長に、自民党旧江藤亀井派会長であったが、長年の会長職在任を経て、就任している。 工学部 [ ] JABEE 認定に力を入れており、2005年度までに土木環境工学科、物質環境化学科、電気電子工学科、機械システム工学科、情報システム工学科(情報システム専修コースのみ)で認定を受け、2010年度に材料物理工学科も認定を受けた。 他学科についても認定有効期間を更新しており、すべての学科がJABEE認定されている。 医学部 [ ] 全国的に進級が厳しい医学部として知られており、1学年38人もの留年生を出した年もある。 現在は緩和されたものの留年者は各学年とも毎年のように15人程度出ており依然として進級は厳しいといえる。 また、すべての単位が取り消されるという単位取り消し型の留年方式を取っているため、留年した年もすべての講義に出席しなくてはならなかったが、2005年度の2年生からは単位制が導入された。 なお、ここ数年でこれらの印象は薄まり、4年以上の臨床科目は卒業試験も含めて落第者がいないとされる(2005年度4年留年生は5名)。 2006年の入試から推薦入学を実施。 宮崎県内の高校出身者による地域枠と一般枠とからなる。 組織 [ ] 学部・学科 [ ]• (2015年(平成27年)4月教育文化学部入学生まで適用)• 学校教育課程 - 教員養成を目的とし、教員免許取得を卒業要件とする。 初等教育コース• 中学校教育コース• 特別支援教育コース(旧:障害児教育コース)• 人間社会課程 - ゼロ免課程。 教員免許取得を卒業要件としていないが、必要な単位をそろえることで教員免許の取得が可能• 言語文化コース• 社会システムコース (2016年(平成28年)4月入学生から適用)• 学校教育課程• 小中一貫教育コース - 小学校主免専攻・中学校主免専攻• 教職実践基礎コース• 発達支援教育コース - 子ども理解専攻・特別支援教育専攻• - 植物環境領域(・・・)生産環境領域(・他)• - 、、、、の各教育研究領域• - 本学科は、建設構造、環境制御、環境計画の3つの分野が協力し、研究を行っており宮崎県内で高い知名度を誇る学科である。 本学科の教育プログラムであるARCHは平成15年度にJABEE認定がされ修了・卒業後の技術士資格獲得に際して非常に有利となった。 地域資源創成学部(2016年(平成28年)4月設置)• 地域資源創成学科• 地域産業創出コース• 地域創造コース• 企業マネジメントコース 研究科・専攻 [ ]• 専門職学位課程• 教職実践開発専攻()• 修士課程• 学校教育支援専攻• 修士課程• 生物生産科学専攻• 地域資源管理科学専攻• 森林草地環境科学専攻• 水産科学専攻• 応用生物科学専攻• 修士課程• 応用物理学専攻(2015年(平成27年)4月入学生まで)• 物質環境化学専攻(同上)• 電気電子工学専攻(同上)• 土木環境工学専攻(同上)• 機械システム工学専攻(同上)• 情報システム工学専攻(同上)• 工学専攻(2016年(平成28年)4月入学生から)• 環境系コース• エネルギー系コース• 機械・情報系コース 農学工学総合研究科• 博士後期課程• 資源環境科学専攻• 生物機能応用科学専攻• 物質・情報工学専攻 医科学看護学研究科• 修士課程• 医科学専攻• 看護学専攻 医学獣医学総合研究科• 博士課程• 医学獣医学専攻• 高度臨床医育成コース• 研究者育成コース• 高度獣医師育成コース 別科(農学部) [ ]• 畜産別科• 畜産専修 附属施設 [ ] 創立330記念交流会館• 附属図書館• 産学・地域連携センター• 教育・学生支援センター• 生涯学習教育研究センター• フロンティア科学実験総合センター• 情報基盤センター• 大学教育研究企画センター• 安全衛生保健センター• 創立330記念交流会館• 宮崎大学 教育学部• 教育学部附属教育実践総合センター• 農学部• 農学部附属動物病院• 農学部附属農業博物館• 農学部附属フィールド科学教育研究センター 医学部• 医学部附属病院総合周産期母子医療センター• 医学部附属病院歯科口腔外科橘通りクリニック 対外関係 [ ] 他大学との協定 [ ] 国内大学 [ ]• 、と「畜産基地を基盤とした大学間連携による家畜生産に関する実践型統合教育プログラム開発」の連携事業。 と単位互換協定を結んでおり、放送大学で取得した単位を卒業に要する単位として認定することができる 海外大学 [ ] 国際交流協定締結校(2016年11月1日現在 )• エヴァーグリーン州立大学• 薬学部• 日本語学部• クアラルンプール• ブラウィジャヤ大学• ベトナム教育訓練省国際教育開発局• ベトナム農業・地域開発省水資源教育局水環境研究所• 高等科学技術局• 水産局• ミャンマー牧畜水産地域開発省畜産繁殖獣医局• パテイン大学• カンプール校• チャトラパティ・シャフジ・マハラジ医科大学• VIT大学• 農学部ルイス・デ・ケイロス校• イベント [ ] 学園祭 [ ] 宮崎大学のは 清花祭(きよかさい、 清武と木 花の合成語)と称され、11月中旬の3日間に渡り開催される。 2005年に旧宮崎大学の 宮大祭と旧宮崎医科大学の すずかけ祭を統合して開始された。 初日(金曜日)は旧宮崎大学時代から続く みこしパレードが宮崎市中心部のなどを練り歩く。 2日目・3日目(土曜日・日曜日)は各キャンパスで模擬店や展示発表が行われる。 最後は打ち上げ花火(木花キャンパス)で学園祭を締める。 交通アクセス [ ] のバスを利用する。 木花キャンパスの最寄りバス停は 宮崎大学、清武キャンパスの最寄りバス停は 大学病院前。 ・からのバスは大きく分けて3経路が運行されているが、早朝の便を除きいずれも宮崎大学・大学病院前のバス停に停車する。 811木花台経由 宮崎駅-宮交シティ-南部病院前-木花-木花台2丁目-宮崎大学-大学病院前• 822まなび野経由 宮崎駅-宮交シティ-南部病院前-まなび野センター-清武総合支所前-大学病院前-宮崎大学• 821番は大学病院前止まり(平日早朝1本のみ)• 832清武経由 宮崎駅-宮交シティ-産経大入口--大学病院前-宮崎大学• 835番は大学病院前から宮崎大学の間に熊野-木花台2丁目を経由 所要時間は宮崎駅から40~55分、宮交シティから25~40分。 鉄道駅からは、木花キャンパスへはより2. 2km、清武キャンパスへはより2. 8kmの距離となる。 大学関係者と組織 [ ] 大学関係者一覧 [ ] 教育文化学部長が学部生向けに発表した声明文(2012年7月12日公開) 3月末に退職した教育文化学部の40歳代の男性准教授が、複数の女子学生に対し半裸写真を撮影させ、卒業論文に掲載させ提出させるなどの行為をしていたことが、同年6月28日に公表された。 この准教授が既に退職していてができなくなっているため、懲戒に相当するとして、の不支給を決めた。 准教授側は当案件について否定し、退職金と慰謝料を求めて大学側を提訴する意向を示した。 元准教授は2012年4月よりにて教授として勤務していたが、同大学は7月18日に当案件を理由に同月31日付での解雇を決定した。 裁判の経過 [ ] その後、元准教授は2012年に事実無根として大学を提訴した。 、一審の宮崎地裁は准教授の訴えを棄却したものの、福岡高裁宮崎支部は准教授の訴えを認めセクハラ行為がなかったことを認定し大学に約313万円の支払いを命じた。 、最高裁判所もこの判決を支持し大学側の上告を退け、准教授の勝訴が確定した。 その後、地位保全の仮処分申請が認められ、解雇はすぐに無効になり、引き続き地位確認などを求めた裁判では、高裁で和解が成立している。 一方で、宮崎大学は虚偽の告発を行った教員や関係者に対し、いまだ何の処分もしていない。 2017年、大学はからの打診に応じる形で第三者機関を設置し検証を進めているが、具体的な時期や体制などは明らかにしていない。 研究費不正受給 [ ] 地域資源創成学部の准教授 によって架空請求によるカラ出張及び水増し請求等の不正行為があったと公的研究費不正防止計画推進室会議にて認定された。 同大准教授に着任した2015年10月~2018年11月(4年間)、主に航空券の領収書を偽造する手口で、や虚偽の出張期間を41回申告し、278万8千円余を不正に受け取っていた。 出張としてカラ出張(虚偽出張)の際に、学生にも虚偽の理由で説明し、休講・補講するなどしていた。 大学は当該准教授を停職3カ月の懲戒処分とした。 関連項目 [ ]• 脚注 [ ] []• 生活文化課程は芸術文化コース・生活健康コース・生活環境コースの3コースから構成されていた。 朝日新聞 中村光 2015年7月4日• - 宮崎大学ウェブサイト• - 宮崎大学ウェブサイト• 2009年度まで、生物環境科学科、地域農業システム学科の3学科から構成されていた。 毎日新聞 2012年6月29日• 宮崎大学ニュースリリース 2012年6月28日• 『西日本新聞』2012年7月19日朝刊35面(宮崎大元准教授 学内誌にも女学生写真 浴衣姿など09年に掲載「不適切」抗議受ける)• 都留文科大学公式ウェブサイト、2012年7月19日• 『毎日新聞』2012年7月24日、山梨版()• 現代ビジネス. 2020年3月8日閲覧。 朝日新聞デジタル. 2019年11月4日閲覧。 www. miyazaki-u. 2019年11月4日閲覧。 Yahoo! ニュース. 2019年11月4日閲覧。 ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 外部リンク [ ]• この項目は、に関連した です。

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