間違っ てる ん だ わかっ てる ん だ。 間違ってる間違ってるってわかってる

【間違ってる】の例文集・使い方辞典

間違っ てる ん だ わかっ てる ん だ

なのに、借金総額は500万円以上。 それでも働きたくない。 働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。 「マニラのカジノで破滅」したnoteで有名になったTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後、短かった闘いを振り返り、喫緊の金策のアイディアを綴っていく当連載。 最終回を見届けられるのが先か、借金で破滅するのが先か……すべては犬次第だ。 そんな人間たちの話はごまんと存在する。 彼らは通常の社会生活で見出されることのなかった才能を鉄火場で遺憾なく発揮し、決定的な窮地を脱する。 結局最後に鮮やかな勝利を飾り、日常に戻っていく。 いわゆる「博才」が無いにも関わらずギャンブルをし、負け続ける人間はドラマにならない。 理由は至って単純明快、無駄だからだ。 負けた後には何も残らないし、見向きもされない。 誰かの背景になって消えていく運命を背負っただけの、パッとしない敗者の涙は、誰の心の水面も揺らさない。 ああ、最悪だ。 最後の金を取るに足らない遊びで使い尽くした僕は途方に暮れていた。 いや、今も途方に暮れている。 競馬で負けすぎたのかで負けすぎたのかもう覚えていない。 どちらでも同じことだ。 とにかく軍資金がなくなった。 最後の1,000円まで使って勝負をするのはバカのやることだ。 いや、最後の1,000円になるまで打った僕がバカだ。 なら使ってしまっても同じことではないか?そんなことを延々と考える。 博打は負けると途端にくだらないものに見えてくる。 カードを捲る高揚感も、洗練された巨躯の動物が走る迫力あるレースも、全部が無駄だった。 僕は基本的に博打が好きなので平時に語らせれば聞き手に熱を与えてやる気持ちでいるが、負けた夜はそうはいかない。 ワガママなのだ。 ひっくり返せないルールと仕組みを前に、 「もう見限ったよ」 なんて身の程知らずにも生意気なことを思う。 これ以上勝たせてくれないならやめてしまうよ、と。 でも痛みが過ぎればまた賭場に戻る。 一流の博徒は作戦を綿密に練り直して再び戦いに戻るだろうが、僕はまた新鮮なアホ面で「当たると良いな」なんて思いながらノコノコ金を握ってやってくる。 結局のところ、この繰り返しだ。 よく、使ってはいけない金を使う人は、と表現することがあるが、そういう人間にとってそもそも使ってはいけない金なんて括りは無い。 社会一般に払うべきものとは別の、真に守りたいものが無い生活の中で限界まで使った結果が今で、なんとなく受け入れている。 世間からクズ、カス、ゴミと罵られようが辞められないのは、今更そんな言葉で傷つかないからだ。 クズでカスでゴミなのは別に人から言われなくてもわかっている。 「勝てば官軍」だった。 とりあえず生活するためにしばらく働こう。 こう決心したのももう何回目だろうか。 博打で負けた夜は自分の部屋がいつもより静かに見える。 求人サイトを見ながら、普段は気にも留めない換気扇の音を飽きずに聞き続けているとあっという間に夜が明ける。 悶々と人生を振り返っては全部を博打のせいにする。 博打を挟むことで自分そのものと向き合う辛さからも逃げる。 だから反省もしない。 「時給1,200円……」 くだらないにも程がある。 適当な博打でちょっと当たれば手に入る金額を得るために1時間も使うのか。 1万円手に入れるために8時間も無駄にすることになるとは。 金を稼ぐことの大変さなんて気づかなくていい。 できるだけ何も考えずに、運よく金が手に入ればそれで十分だから、お金の大切さを知る必要なんてない。 丸一日バイトして手に入れた1万円を持ってみて、•

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借金を返済しながらギャンブル「1時間働いても飲み代もならない社会が…」

間違っ てる ん だ わかっ てる ん だ

意見の擦り合わせは不可能 マツコ:それに関してはあたしは言えない(笑)旦那と同じですもの(笑) 有吉:最終的に、これはもうとどめでしょ?「抑圧」というかさ(笑) そう思わない?っていうのは「そう」って言うしかない。 相手がね。 マツコ:これはもう、しょうがないんだよ。 あの・・ 意見なんて合うものではないから。 議論というのは終わりにしなきゃいけない。 「終わりですよ」の合図みたいなもの。 悪気はそんなにないよ(笑) 有吉:「やっつけてやろう」ってのは マツコ:いやいやいや。 やっつけられたらやっつけられたでいいけど、 やっつけられなかったとしても「もうやめよう」っていう・・ 「やめよう」って言うと敵前逃亡のようだから「わかった」 有吉:「敵前逃亡」てのは「勝ち負け」だからね(笑) マツコ:「擦り合わせ」って不可能じゃない?だとしたら スムーズに事が運ぶために、どちらかの意見を採用することは必要だよね。 だったらあたしの意見を採用して欲しい、と 有吉:意見が正しい時もあるし マツコ:正しくない時もあるよ。 有吉:片方が暴力的に強いとか、いろんなことがある。 マツコ:暴力的ってのはちょっと違う・・(笑) 有吉:男同士ではそこある「そう思わないか?」「こええし『うん』って言っとこ」 アツコ:あたしから見てできない人は、あたしができてるってとこは あたしの出来る出来ないとは違う尺度の世界の話で、こっちが出来てるとは 思ってないわけよ向こうも。 話してもしょうがないわけじゃん。 だからそういう場合どうする?折れる? 有吉:僕はもう折れがちだけどね(笑) マツコ:ホント?折れてここまでくる?(笑) 有吉:折れて折れて流されてここに・・(笑) 圧のある会話 なんでできないの? 「すみません」 謝るんじゃなくて何か言えよ! 「先方の手違いで」 言い訳してんじゃねーよ! すげえバカ。 モンペもしくはに多い。 思い出してもキリキリする。 なんでわかんないの? 「・・・」(答えにつまる) 自分がわかんないことすらわかんないの? マツコ:ああこれあたし昨日言った(笑) どこがどう分かんないのか言語化(表現)できない時があって そこを突っ込まれると恐怖感しかない。 昔の学校ではそういう教師がいた。 今もいそうだ。 お前やる気あるのか? すみません そんなんじゃやってけないぞ? すみません なんでも謝れば済むと思ったら大間違いだからな! 謝罪を要求しておきながら「ごめんで済むなら警察いらん」と言ってるようなもの。 ブラック部活、或いはに多いやりとり。 有吉:向こうは怒りたいんだよ。 どうあれ。 マツコ:もうこれ無理なのよ。 脳内の構造が全く違う同士は無理よ。 なんでこっちが怒ってるのかもよくわかんないのよ。 そっからまず違うから。 余計こっちは怒るし。 向こうは余計萎縮する。 レフェリーが必要なのよ。 有吉:「柳に風」ぐらいが一番。 少しでも早く立ち直ることが人生の秘訣。 アメリカ社会は謝ったら負け。 「権利社会」「訴訟社会」こええよ。 の着ぐるみに入る地方公務員 子供はもちろん、若い子や外国人など多くの人と写真を撮ったり 握手やハグをされることが多い。 最初は手を握るのが嬉しくて役得と思っていたが 最近「中身は40代のおっさんがやってるのに」と後ろめたさを感じる。 有吉:真面目な人だね マツコ:こういう人だから中に入るんだろうね。 クソみたいなヤツだったら大変なことになる 有吉:たまに暴走するのいるからね マツコ:おっぱいとかもんでるわけじゃないでしょ? 着ぐるみ、ベタベタ触る。 どんな屈強な男が入ってるのかチェックする。 プロ意識の高い動きをする人は女性が多いね 有吉:やさしいんだ。 動きが。 マツコ:中に人が入ってるってわかってて「かわいい」って抱きつくのは すごい構図よね。

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借金を返済しながらギャンブル「1時間働いても飲み代もならない社会が…」

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なのに、借金総額は500万円以上。 それでも働きたくない。 働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。 「マニラのカジノで破滅」したnoteで有名になったTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後、短かった闘いを振り返り、喫緊の金策のアイディアを綴っていく当連載。 最終回を見届けられるのが先か、借金で破滅するのが先か……すべては犬次第だ。 そんな人間たちの話はごまんと存在する。 彼らは通常の社会生活で見出されることのなかった才能を鉄火場で遺憾なく発揮し、決定的な窮地を脱する。 結局最後に鮮やかな勝利を飾り、日常に戻っていく。 いわゆる「博才」が無いにも関わらずギャンブルをし、負け続ける人間はドラマにならない。 理由は至って単純明快、無駄だからだ。 負けた後には何も残らないし、見向きもされない。 誰かの背景になって消えていく運命を背負っただけの、パッとしない敗者の涙は、誰の心の水面も揺らさない。 ああ、最悪だ。 最後の金を取るに足らない遊びで使い尽くした僕は途方に暮れていた。 いや、今も途方に暮れている。 競馬で負けすぎたのかで負けすぎたのかもう覚えていない。 どちらでも同じことだ。 とにかく軍資金がなくなった。 最後の1,000円まで使って勝負をするのはバカのやることだ。 いや、最後の1,000円になるまで打った僕がバカだ。 なら使ってしまっても同じことではないか?そんなことを延々と考える。 博打は負けると途端にくだらないものに見えてくる。 カードを捲る高揚感も、洗練された巨躯の動物が走る迫力あるレースも、全部が無駄だった。 僕は基本的に博打が好きなので平時に語らせれば聞き手に熱を与えてやる気持ちでいるが、負けた夜はそうはいかない。 ワガママなのだ。 ひっくり返せないルールと仕組みを前に、 「もう見限ったよ」 なんて身の程知らずにも生意気なことを思う。 これ以上勝たせてくれないならやめてしまうよ、と。 でも痛みが過ぎればまた賭場に戻る。 一流の博徒は作戦を綿密に練り直して再び戦いに戻るだろうが、僕はまた新鮮なアホ面で「当たると良いな」なんて思いながらノコノコ金を握ってやってくる。 結局のところ、この繰り返しだ。 よく、使ってはいけない金を使う人は、と表現することがあるが、そういう人間にとってそもそも使ってはいけない金なんて括りは無い。 社会一般に払うべきものとは別の、真に守りたいものが無い生活の中で限界まで使った結果が今で、なんとなく受け入れている。 世間からクズ、カス、ゴミと罵られようが辞められないのは、今更そんな言葉で傷つかないからだ。 クズでカスでゴミなのは別に人から言われなくてもわかっている。 「勝てば官軍」だった。 とりあえず生活するためにしばらく働こう。 こう決心したのももう何回目だろうか。 博打で負けた夜は自分の部屋がいつもより静かに見える。 求人サイトを見ながら、普段は気にも留めない換気扇の音を飽きずに聞き続けているとあっという間に夜が明ける。 悶々と人生を振り返っては全部を博打のせいにする。 博打を挟むことで自分そのものと向き合う辛さからも逃げる。 だから反省もしない。 「時給1,200円……」 くだらないにも程がある。 適当な博打でちょっと当たれば手に入る金額を得るために1時間も使うのか。 1万円手に入れるために8時間も無駄にすることになるとは。 金を稼ぐことの大変さなんて気づかなくていい。 できるだけ何も考えずに、運よく金が手に入ればそれで十分だから、お金の大切さを知る必要なんてない。 丸一日バイトして手に入れた1万円を持ってみて、•

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