一水会 ツイッター。 鈴木邦男

一水会は、純粋な愛国右翼と思っていたが左翼を認める愚か者であったか...

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リチャード氏のこの記事の関連です。 何かと話題の一水会ですが、以下のRK記事を参考にするとよかろうかと思います。 政治家とて裏社会の何もかもわかっているわけではない。 それを補完するのがRK独立党の役割でしょう。 え、日本のウヨク団体が韓国の「従軍慰安婦少女像に「竹島は日本の領土」と書かれたくいを縛り付けたって? 似非右翼さん、身内の北鮮スパイをなんとかしてください。 まず、生活の党を取り巻きには一水会が深く関与しています。 その中で重要人物は 山崎行太郎という人物。 氏は一水会とズブズブです。 山崎行太郎という左翼系右翼 山崎行太郎氏をはじめとする一水会のフォーラム講師 そして、山崎行太郎氏が 共著で本を出した相手が志岐武彦氏です。 そして 志岐武彦氏と志岐信郎氏は兄弟です。 志岐武彦・志岐信郎兄弟 弟の 志岐信郎氏が主宰する のがこの団体。 いわゆる 「生活の党を応援する勝手連」 です。 国民の生活が第一の政治を 実現する会 小吹伸一(クスコの乱)とも連動 この活動にほぼ毎回参加して踊っているのが 猫旅館女将こと丸子睦美。 13.6.29生活の党新宿ハルク前街頭演説応援に参加いただいた党員・心情党員諸君、ご苦労様でした。 6月29日 新宿駅西口ハルク前 リチャード・コシミズ氏街頭演説 つまり 「国民の生活が第一の政治を 実現する会(生活の党を応援する勝手連)」というのは深部で一水会がかかわっており 、その手引きでリチャード氏は生活の党とお近づきになれたわけです。 こんな関連記事もどうぞ。 旧未来の党とか、猫旅館女将とか。 独立党乗っ取り計画の推進役。 下のリンク記事に写真が何枚かあります。 6月29日新宿ハルク前生活の党応援イベント(リチャードコシミズ独立党応援の様子) <オマケ> 山崎行太郎氏が擁護した村田氏は、たぶん関係ない人物。 ちょっと拝借して加工してみました。 たいした意味はたぶんありません。 >嵐が嫌氏が、あのねあのね氏を関係者だとして、砂頭巾氏のブログやtakaoeiji氏などのブログで糾弾して 発端?はこの記事のことだと思います(ただしtakaoeiji氏のお友達ブログなのである意味takaoeiji氏のお自作自演です) 私もコメントを読んで知っていていました。 takaoeiji氏は以前から一水会を糾弾する記事を書いていて、リチャード氏が勝手連と近づいたたときに何かあるだろうと思っていました。 あのねあのね氏がやり玉なのはよくわかりません。 私からすればどちらも???の人物です。 リチャード氏は三宅雪子氏の感触が良くなくて立候補していない姫井由美子氏に近づいたと思われますが、三宅氏は一水会に近いのでこちらは小吹伸一がいます。 だから姫井氏よりにしたのかもしれません。 しかし記事にも書いたとおり、勝手連自体に一水会が関与していると思われますから同じなのですが。 嵐が嫌氏= 元 未来が見えるテレビ氏 これは本当ですか?どこかで本人が名乗っているのでしょうか? 「嵐が嫌」は知らない新しい名前ですが、「未来が見えるテレビ」は2010年頃からの書き込み開始だと思います。 どこでこれがわかったのか教えていただけないでしょうか。 投稿: cocologh09.

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異端?いや公正?女性に人気?謎多き政治活動家、鈴木邦男。同調圧力、不寛容さが強まる時代へのメッセージ(水上賢治)

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すずき くにお 鈴木 邦男 生誕 1943-08-02 (76歳) 出身校 専攻修士課程中退 職業 ・・ 活動期間 - 団体 ・ 代表作 「腹腹時計と〈狼〉」「夕刻のコペルニクス」「がんばれ!! 新左翼」「言論の覚悟」「右翼は言論の敵か」「愛国者の憂鬱」 影響を受けたもの 影響を与えたもの 鈴木 邦男(すずき くにお、 - )は、の・、政治団体「」元最高顧問、、。 「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」()共同代表。 応援団員。 後援会発起人。 かつてはの教祖とまで呼ばれた重鎮だが、カテゴライズを超えた独自の活動をしている。 現在は右翼を名乗っていないが、一貫して愛国者で主義者であり、的なや右翼を批判している。 左右を越境していると評されることが多いが、活動家やのみならず、演劇人、コメディアン、漫才師、美術家、文学者、宗教家、元警察官など、交流は多岐に渡る。 主導してきた一水会も2015年時点で右翼団体を名乗らないことを宣言しており、国際的な思想展開を続けている。 来歴 [ ] 少年時代 [ ] 、に生まれる。 勤務だった父親の都合で、、と、高校生の頃までを転々とする。 に住んでいたときは、ジャーナリストのがよく家に来ていた。 生長の家との関わりは、母親が病気になったとき、伊藤邦典(のちに全国学協と)の父親である生長の家の地方講師の祈祷によって、治癒したことがきっかけで、以降、鈴木家では母親が熱心な信者となった。 、が起こしたをで目撃し、同じ17歳の少年が社会のことを考え、あまつさえ人の命を奪い、もするということに、ただならぬ衝撃を受ける。 、にのを訪ね、総裁のと対面する。 の東北学院高等学校榴ケ岡校舎(現:)の卒業間際、の時間にの英単語帳を隠れて見ていたのを教師に見つかり、英単語帳をで燃やされてしまう。 職員室に乗り込んで教師を殴り、その場で。 姉の懇願により、半年間、に通っての生活を送ることを条件に、卒業が許される。 、9月、一人だけ半年遅れで、東北学院高等学校榴ケ岡校舎(現:)を卒業。 学生運動時代 [ ] 、科に入学。 学生道場に入る。 当時の生長の家は、運動が強い時代において思想・愛国主義を強める活動に熱心であり、鈴木は信仰の日々とともに、(生学連)で書記長を務め、左翼学生との殴り合いを含む学内の闘争に奔走する。 、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 学生運動を続けるために早稲田大学に進学。 、(全国学協)が結成。 初代委員長に就任する。 しかし、全国学協の書記長だったらと対立し、わずか1ヶ月で退任させられる。 このとき鈴木と対立した陣営が、のちにを結成し、現在のを支えている。 この事件により、鈴木は失意の中で、別の大学に入学して学生運動をやり直すことを考えたりと、大きなダメージを受けるが、の創設者であるが右派系の新聞「やまと新聞」に、「鈴木君は将来、国士になるでしょう」と書き、鈴木の将来を鼓舞する。 、早稲田大学大学院政治学専攻修士課程を中退。 左翼運動の退潮とともに自らの運動も敵を失ったこともあり、仙台の実家に帰った。 地元の書店の店員として働く。 1970年代 [ ] 1970年4月、縁あって、に入社し、再上京。 アパートを探しにを歩いていたら、偶然、と出会い、居候することになる。 阿部の六畳二間のアパートは、楯の会の会員が集まる場所でもあった。 産経新聞では、記者ではなく、販売局や広告局に在籍した。 政治活動から離れはしたが、周囲の知性のなさに辟易し、このときから大量の読書を自らに課す。 月に30冊は必ず本を読むというノルマは現在に至るまで続いており、月のノルマが達成しないことがあっても年に400冊から500冊以上を読破している。 同年11月25日、がおこる。 の行動にも衝撃を受けたが、友人だったの自決が、鈴木の胸をえぐった。 運動をやめて一般の仕事をしていた自分と、三島由紀夫とともに自らの命を投げ出すまでの活動を続けていた森田との対比の中で苦悩し、再び鈴木は政治運動に駆り立てられていく。 、森田必勝と三島由紀夫の意思を受け継ごうと、を設立する。 創設メンバーは、、、といった面々であった。 鈴木は阿部を尊敬していたが、年長者のため、鈴木が代表となった。 当初はマスコミに就職した会員が多かったため、「マスコミ研究会」という名称もあった。 一水会の主催で、森田必勝の追悼であるを毎年、行う。 、が催事でストリッパーを呼んだことに怒り、抗議した末に乱入する事件を起こして逮捕される。 このことにより、をとなる。 そして鈴木は、一水会の専従活動家となり、産経新聞に勤めていた経歴が記者だったと誤解され、週刊誌や月刊誌の原稿を書く仕事をコネでもらい、日銭を稼ぐ。 、右派系の新聞「やまと新聞」に連載していた、東アジア反日武装戦線についての文章が、左翼系の出版社である社長の竹村一の目に留まり、「腹腹時計と〈狼〉」として刊行される。 を起こした東アジア反日武装戦線は、1972年に結成し、1975年にメンバーが逮捕された。 この本は、右翼が左翼の本を書いたとして、左右接近だと話題となり、竹中労やと知り合うきっかけとなった。 右翼陣営からは概ね不評だったが、からは高評価を得、またが野村や鈴木らをと呼ぶきっかけのひとつにもなっている。 、、らと会う。 同年、一水会が月刊レコンキスタを創刊。 現在に至るまで発行されている。 には、戦前に活躍した右翼活動家を訪ね歩き、「証言・昭和維新運動」を著す。 末松太平や小沼正といった先輩の言葉は、60年安保以降の右翼である鈴木に深い影響を及ぼす。 の4月6日、の芝居「悲しき人類」が竹中労のプロデュースで上演。 を揶揄した不敬なシーンで、鈴木とが客席から舞台上に乱入。 1980年代 [ ] 、、に抗議、乱入。 の容疑でからを受け、その際、捜査令状を破ったとしてとので。 23日間の留置生活を送るが、嫌疑不十分でとなる。 同年、一水会と連携する組織として、が設立。 初代議長は現在、一水会の代表である木村三浩で、初代書記長は清水浩司(のちの)だった。 なお、統一戦線義勇軍の現議長であるは現在、鈴木邦男および一水会とは考えが違うことを明言している。 、9月12日、が起こる。 一水会の政治局長で統一戦線義勇軍の書記長だった清水浩司(のちの)らが新しい右翼団体を設立しようとする中で、一人のメンバーをのスパイと疑い、清水ら4名が1名をバールで殴打し、青木ヶ原の樹海に埋める。 鈴木は相談を受ける。 清水らは木村三浩の協力のもと、遺体を青木が原樹海からの朝霧高原に埋め直した。 9月18日に3名が逮捕。 9月23日に清水も逮捕され、釈放後のにデビューする。 この事件で、鈴木は任意同行を何度も求められたが、辛うじて逮捕を免れた。 、「新雑誌X」に天皇を揶揄したイラストを掲載したと再び敵対する。 一水会の構成員が東郷を襲撃し、逮捕。 同年、の連載「若者たちの神々」に登場、対談する。 テレビ番組「君は今、燃えているか!? カゲキ世代が激突討論」に出演。 1990年代 [ ] 、一水会との五十二日間戦争がおこる。 、の「風の会」からの立候補を勧められるが、結局、出馬せず。 10月20日、が東京本社で拳銃自決。 、新宿にロフトプラスワンが開店。 鈴木は、言論の場を持たなかった多種多様な人々が出演するライブハウスに興味を示し、開店直後から常連となり、まもなくして出演者となる。 以降、90年代シーンの登場人物の一人となり、かつては敵側だった元議長のや、あるいは、、らとも交流する。 政治活動家という側面だけでは語れない鈴木邦男のプロフィールが形成されていく。 同年、「夕刻のコペルニクス」が話題になる。 、と出会う。 タイで投獄されたを激励。 、一水会代表を辞任し、顧問となる。 代表在任中より・講師、講師等も務めた。 河合塾では同じく現代文講師で左翼のと「左右討論」などの企画も行う。 2000年代 [ ] 、一水会が一水会フォーラムを開始する。 、アメリカによるに抗議し、へ渡航。 イラク訪問団のメンバーは、、、、、、ほか。 同年、何者かによって、鈴木が住む「みやま荘」に火をつけられ、あわや惨事となる。 この年は、鈴木が容疑者の一人として目をつけられ、真犯人を知っているのではないかとされていたの時効成立の年であった。 、が自殺。 、「愛国者は信用できるか」を上梓。 、映画「靖国 YASUKUNI」の上映反対運動が起こり、鈴木は「観てから反論するべきだ」と反論。 日本中の右翼団体を招待し、で「靖国 YASUKUNI」の上映会と討論会を開く。 同年、かつてをパージされたと対談し、「私たち、日本共産党の味方です。 」を上梓。 、ハワイの刑務所で不審死を遂げたの跡を継ぎ、の犯人とされ、されている林眞須美の冤罪の可能性について解明する「林眞須美さんを支援する会」の代表を務める。 、「右翼は言論の敵か」を上梓。 同年、週刊AERAの「現代の肖像」で特集される。 2010年代 [ ] 、日本のイルカ漁を取材したドキュメンタリー映画「ザ・コーブ」の上映反対運動が起こり、「靖国 YASUKUNI」のときと同様に、鈴木は上映すべきと反論。 反対派は住宅街で街宣活動をしたり、映画館経営者の家族のところに嫌がらせをした。 鈴木はニューテアトル横浜や渋谷イメージフォーラムの前で、率いるに議論を申し込むが、相手は鈴木に罵声を浴びせるだけで応じず。 渋谷では反対派に殴られてしまう。 警察が上映反対派に協力的だったこともあり、鈴木は無抵抗を貫いた。 同年、で「右翼VSウヨク」が開催。 かつての右翼とは違う、排外主義的な思想を持つ世代と対決。 、二度にわたり、へ渡航。 元赤軍派と交流する。 、一水会が四十周年記念大会を開催。 、の依頼により、ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク()の共同代表に就任。 右翼活動初期はテロルを是とし、憲法改正を論じていた鈴木邦男だが、時代の変遷とともに、差別と戦争に反対し、平和憲法の貴重さを語るようになっていった。 同年、 ライト・レフトのライト師匠として漫才の舞台を踏む。 、の追悼であるの実行委員から、一水会が離脱。 同年、一水会創設メンバーで、のちに離脱したが、鈴木に対し、絶縁宣言をする。 また、同じく一水会の創設メンバーであるも2012年に、世代の違う弟子であるのも2010年に、鈴木への敬意を表しつつ、発言を批判している。 同年、前デモで知り合ったと対談し、「愛国者の憂鬱」を上梓。 、一水会の顧問も辞任し、現在の肩書きは一水会元最高顧問、もしくは元顧問、元代表と表記される。 この頃、犬塚博英からの公開討論の申し出を断わっている。 同年、ので「私はなぜヘイトスピーチを嫌うのか 日本の右翼がみる日本のネット右翼」という演題で講演する。 と対談し、「戦争を通すな!」を上梓。 右翼団体およびの盛義一らが、の一水会事務所近くで街宣し、「と木村三浩の訪問についての抗議」「一水会創設メンバーである犬塚博英の名を汚していることへの抗議」「一水会および木村三浩は右翼と名乗るなという要求」をした。 これに対して一水会代表の木村三浩は、「右翼人のやることとは思えない」と声明を発表。 近所迷惑であることや、彼らの活動が内向きであることを嘆いた。 以降、一水会は右翼ならびに新右翼を名乗っていない。 議員選挙に出馬した塩見孝也の応援演説をする。 結果は落選。 、が「の研究」を著したこともあり、左派の中で、安倍政権を支える日本会議に対する関心が強くなり、かつて全国学協で対立した鈴木が日本会議の成り立ちについてメディアで語ることが増えていく。 、の応援演説に、鈴木やが登場したことが話題となる。 47年間、ノルマを課した読書を続けてきたが、2017年に年間読書冊数が529冊となる。 、鈴木邦男を撮影したドキュメンタリー映画が公開予定。 一方、構成員が自決をも辞さぬ態度を示したに「戦前ののようだ。 先を越された」と衝撃を受け、系の『』に『〈狼〉たちと右翼武闘派』という連載を始める。 それが左翼系の社長の目にとまり、『腹腹時計と-恐怖を利用する権力』として出版され、「右翼武闘派がを評価した」と注目された。 また、「左右を弁別せざる」として、、ら左翼、アナキストとも交流し、たとえ反対陣営に対しても、学べること、共闘できることを模索した(これは戦前の右翼運動のやに学んだというが、かなり形態は異なっている)。 また、前後には『』(部数減少で廃刊)に真面目な政治論文を度々執筆し、これに刺激されて多くの人々が一水会の運動へ参画した。 になる頃から、かつてを公然と肯定していた鈴木は、テロ否定論者に変わり、「やに言論活動の場を与えればテロはなくなる」と主張した。 終結後は、竹中労の影響もあり、「宿敵・左翼の崩壊を危惧する」、「左右の超越を訴える」など既成右翼とは違った主張を展開している。 現在では、ほかの右翼活動家や保守活動家からは「」「右翼の皮を被った左翼」などと批判されることが多い(一水会代表辞任の一因でもある)。 このことを、2015年に出演したロフトラジオでに訊かれると、「証言・昭和維新運動」を執筆する際に取材した、血盟団に参加したの「日本精神は左翼である」という言葉を引用している。 選択的制度に関しては、「左右関係ない問題として議論するべき」と述べる。 2015年4月に執行された東京都議員選挙では、立候補した元議長で当時駐車場の管理員であったの応援演説をした。 、、のなどが駆けつけたが、落選。 人物 [ ] 右翼、左翼、アナーキストに限らず、多くの活動家は、自決または病死したり、あるいは事件の犯人として収監されている。 その中で、不器用ながらバランス感覚に長け、要領のいい性格でもある鈴木邦男は長生きをし、自由な活動を続けてきた。 鈴木はそのことに関して自責の念が強くあり、次のように語っている。 「年末、1人でいると、いろんなことを考える。 オレは1人だ。 淋しい。 孤独だ、と思う。 でも、運動に突っ走って、死んだ人も多い。 獄中にいる人もいる。 その人たちのことを考えると、申し訳ないと思う。 真面目で、思いつめたから死んだんだ。 獄中にいるんだ。 それなのに俺は勇気がないから、卑怯だから、そこまでやれなかっただけだ。 そして、外の世界で、自由に生きている。 俺の方が「犯罪者」だと思う。 年の瀬は、そんなことを痛切に感じるんですよ。 (中略)幸い、全ての事件は時効を迎えた。 そして、他人のことをあれこれと無責任に書いている。 亡くなった人、獄中にいる人には本当に申し訳ないと思っている。 本当に悪いのは私です。 」 道場で修行しながら早稲田大学で学生運動をしており、生長の家の創設者であるからは熱烈な期待を寄せられていた。 全国学協から追放された際も、谷口雅春は、やまと新聞に「鈴木君は国士になるでしょう」と書き、鼓舞している。 鈴木は大学中退後、産経新聞社を経て一水会の専従活動家となったが、生長の家に所属したまま宗教家になっていたかもしれないとも語っている。 なお、生長の家は現在、かつてほどの右派思想はなく、日本会議については明確に批判する立場をとっている。 安倍政権を支持するの中枢メンバーも、安倍政権に警鐘を鳴らしている鈴木も、同様に生長の家ならびに全国学協の出身者であり、日本会議幹部は表舞台にはあまり登場しないことから、鈴木が日本会議についてメディアで語ることが多い。 日本のサイトにおいて死刑廃止を主張する。 死刑廃止が日本文化であり日本精神であるとしている。 さまざまな事件の犯人として収監されている人々に面会に行くことも多い。 右翼や左翼の活動家のみならず、殺人事件などの犯人に対しても温情を傾け、冤罪の可能性がある事件については積極的に事実解明に協力している。 の犯人とされている林眞須美については、の跡を継ぎ、林眞須美さんを支援する会の代表を務めている。 また、三浦和義の死因についても疑問視している。 外国人参政権を支持するため、が主催する在日党の集会に参加し、「納税など住民としての義務を果たしている定住外国人にとって、参政権は当然の権利。 それを認めることが、日本人の民族意識を希薄にするとは思わない」と主張した。 一水会内部からも批判の声があったが、「必要なのは右翼や左翼という看板ではなく、個人の判断。 組織は勉強する場として残ればいい」と言っている。 犯でで逮捕されたを激励するため、1996年9月2日にのチョンブリ刑務所をと一緒に訪問している。 田中は「共に闘っていけると感じました」と答え、鈴木は「四十歳を過ぎれば右翼も左翼もないですよ。 意気投合しました」と言っている。 との関係を疑われ、当局から家宅捜索も受けた()。 直接関与は否定しながらも、真犯人の情報を握る旨を匂わせ、沈黙を守り続けている(事件に絡み、3月、放火被害に遭った経験もある )。 応援団の一人で 、2015年12月9日にはにおいて、辻元清美議員の「政治活動20年へ、感謝と飛躍の集い in 東京」というに基づく資金集めのパーティに参加している。 2010年に日本で公開された映画『』の公式ホームページ上に「勇気のある映画だ。 この映画を見て、のことを初めて知った。 日本人の多くが全く知らないのに、「日本の伝統・文化だ」と言われても困る。 」との意見を寄せている。 渋谷イメージフォーラムやニューテアトル横浜の前で上映抗議運動をする団体に鈴木邦男は討論を挑んだが罵倒され、渋谷では殴られてしまった。 2013年、「2013年反韓デモ」を厳しく批判。 自身のブログでもデモ隊に抗議するに混じって声を上げる姿が確認されている。 3月14日にに参加した際には「映像を見て非常に悲しくなりました。 (彼らに掲げられている)が可哀想だと思いました。 日の丸は日本の優しさ、大和の国の寛容さを表すもの。 それが的なものに使われている。 日の丸が泣いていました。 血の涙を流していました」と語った。 はが単独で引き起こしたものだと主張している。 オウム、村井氏は非常にかわいそうだ」 「組織な背景はないと思う」 と持論を展開したが、徐が羽根組若頭の指示で刺殺したと供述し、から批判されている。 しかし2011年に出所した徐が週刊誌で単独犯であると主張を変えると、鈴木も「僕も徐さんの個人的な怒りや興奮が基になって事件を起こしたんだろうと思います」と再び背後関係を否定するようになった。 なお、村井刺殺の指示役とされている若頭K・Kは過去に九州雷鳴社という組織に所属していたが 、同団体の命名者は鈴木の恩師、だったと 1995年8月13日 が報道している。 また徐は羽根組の準構成員だったが、羽根組長を主役のモデルにした映画「」を監修したのは野村である。 鈴木邦男の文章や語りは基本的に、ブラックユーモアをも含むフィクショナルな表現と、実際の歴史的事実とが混合していることが多く、そういった点からも批判を受けることが多い。 かつてテレビ番組でに「この人はいつも評論家みたいに言う」と批判もされている。 のは、鈴木が元オウム真理教幹部とのトークイベントで発した「オウムは国の宝ですね」という発言に関し、師である鈴木への敬意は表しつつ、批判している。 ともに一水会を創設し、のちに離脱したからは、絶縁宣言をされている。 右翼の重鎮でありながら、90年代サブカルシーンの一人でもあり、ロフトプラスワンの開店直後から常連であり出演者であった。 主著 [ ]• 『腹腹時計と 恐怖を利用する権力』(・三一新書)1975• 『時代の幽閉者たちに 鈴木邦男政治論集』(暁島津書房) 1976• 『証言・昭和維新運動』(島津書房)1977• 『現代攘夷の思想』(暁書房)1978• 『行動派のための読書術 よりよいのために』長崎出版 1980. 『80年代のナショナリズム モスクワ・ベルリン・北京の旅から考える』長崎出版 1980. 『読書大戦争 日本語の楽しい遊びと現代の読み方』 1986. 『テロ 東アジア反日武装戦線と赤報隊』彩流社、1988. 『がんばれ! 新左翼 「わが敵わが友」過激派再起へのエール』エスエル出版会、、1989• 『平成元年の がんばれ,』アイピーシー 1990. 『の秘密 朝日新聞連続襲撃事件の真相』エスエル出版会 発売:鹿砦社 1990. 『闘う日本語 愛と革命の読書道』エスエル出版会 発売:鹿砦社 1990. 『天皇制の論じ方 タブーなき言論、テロルなき討論を』アイピーシー 1990 「言論の不自由!? 『本が面白くなる! 超読書術 やっぱり、読書人間は人生が楽しい。 』 1990• 『民族派最前線 明確なる敵を求めて』島津書房 1992• 『脱右翼宣言』編 アイピーシー 1993• 『これが新しい日本の右翼だ 「恐い右翼」から「理解される右翼」へ』 1993. 『世紀末世界をどう生きるか 「新右翼」の立場から』河合ブックレット 1993. 『90年代のナショナリズム 新しい「共生」の時代を迎えて』長崎出版 1994. 『受験は不惜身命で勝て キミは、人生でもっとも美しいこの闘いに燃えているか』 1995• 『右であれ左であれ 対談集』エスエル出版会 鹿砦社 発売 1999• 『がんばれ!! 新左翼』pt. 『右翼・公安用語の基礎知識 知ってトクする!? 書下ろし辞典』アートブック本の森 コアラブックス 発売 2000. 『売国奴よ! 『言論の覚悟』()2002• 『ヤマトタケル イラスト版オリジナル』 2004• 『公安警察の手口』)2004• 『公安化するニッポン 実はあなたも狙われている! 』 2005• 『愛国者は信用できるか』)2006• 『愛国者の座標軸』) 2007• 『失敗の愛国心』・よりみちパン!セ)2008 「増補 失敗の愛国心」理論社)2012• 『「蟹工船」を読み解く 魂の革命家』)2009• 『愛国と米国-日本人はアメリカを愛せるのか』) 2009• 『右翼は言論の敵か』ちくま新書、2009• 『日本の品格』)2009 ISBN• 『遺魂』)2010• 『愛国と憂国と売国』0617B)2011• 『竹中労---左右を越境するアナーキスト』 河出ブックス ()2011• 『新・言論の覚悟』創出版)2011• 『歴史に学ぶな』() 2014• 『「連合赤軍は新撰組だ!」:その〈歴史〉の謎を解く』彩流社)2014. 『秘めてこそ力』柏艪舎) 2013• 『BEKIRAの淵から 証言・昭和維新運動』)2015• 『新右翼〈最終章〉』〔新改訂増補版〕: 民族派の歴史と現在 彩流社) 2015• 『テロ《新版》東アジア反日武装戦線と赤報隊』彩流社)2015• 『〈愛国心〉に気をつけろ!』(岩波ブックレット)()2016• 『これからどこへ向かうのか』柏艪舎)2016. 『天皇陛下の味方です 国体としての天皇リベラリズム』, 2017• 『言論の覚悟 脱右翼篇』創出版, 2017• 『憲法が危ない! 』 2017 共編著 [ ]• 『・過激プロレスの崩壊』編著 エスエル出版会 発売:鹿砦社 1987. 『プロレス・シュート・格闘技 :よみがえれ!! 過激伝説』エスエル出版会、鹿砦社 1988• 『UWF革命 シューティングの彼方に』 エスエル出版会 発売:鹿砦社 1988. 『格闘プロレスの探究』 エスエル出版会 発売:鹿砦社 1989. 『宗教なんてこわくない 上手な付き合い方』 エスエル出版会 発売:鹿砦社 1993. 『行動派の整理学』共著 現代書館 1994. 『激論・世紀末ニッポン 戦争犯罪 阪神・淡路大震災 オウム真理教事件』 三一新書 1995• 『僕が右翼になった理由、私が左翼になったワケ』共著 晩聲社 1997. 『たまゆら (写真集)』女装モデル ()• 『こんな日本大嫌い! 対鈴木邦男』青谷舎 1999. 『突破者の本音 残滓の思想』共著 青谷舎 1999. 5 のち• 『日本国民のための北朝鮮原論』,共著 デジタルハリウッド出版局 2000• 『僕の憲法草案』(、ほかと共著) 2001. 『鬼の闘論 いでよ変革者! 』( と共著)創出版、2005• 『言論統制列島 誰もいわなかった右翼と左翼』,共著 講談社 2005. 『日本の右翼と左翼』()2006• 『私たち、日本共産党の味方です。 』と共著 2007• 『超日本国憲法』,斎藤貴男,と共著 講談社 2007• 『本と映画と「70年」を語ろう』と共著 2008• 『右翼の掟 公安警察の真実』(と共著) 2010• 『未来に語り継ぐ戦争』(岩波ブックレット)(東京新聞社会部)岩波書店 2012. 1』鹿砦社 2012. 2〉』鹿砦社 2013. 『終わらないオウム』(、、と共著)鹿砦社 2013. 『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』,,,,,,共著 角川oneテーマ21 2013. 『愛国者の憂鬱』(と共著) 2014. 3〉』鹿砦社 2014. 『「右翼」と「左翼」の謎がよくわかる本』(監修)(グループSKIT編著) 2014. 『いま語らねばならない戦前史の真相』(と共著) 2014. 『保守と右翼 、、鈴木邦男が問う安倍首相の「思想の底流」』 朝日新聞デジタルSELECT Kindle• 『慨世の遠吠え 強い国なりたい症候群』(と共著) 2015. 『』 FOR BEGINNERSシリーズ 増補新装版 2015. 『「日本の分」について考える2 鈴木邦男シンポジウム3・4』(、、共著) 2015. 『戦争を通すな!』(との共著) 2015. 『「右翼」と「左翼」の謎』(監修)(グループSKIT編著)PHP研究所 2015. 『憂国論 戦後日本の欺瞞を撃つ』共著 祥伝社新書 2017• 『徹底解剖安倍友学園のアッキード事件』編, ,, ,福島みずほ共著 , 2017. 出演 [ ] テレビ [ ]• 激論・全共闘 (1984)• 朝まで生テレビ()激論! 日本の右翼と言論の自由と暴力!! (1990. 密着!少年右翼 (1990)• 朝まで生テレビ()激論! こんな日本に誰がした! ド〜する根腐れニッポン?! (1996. 28)• ミライ ()司会:、(2003)• 朝まで生テレビ()激論! オウム・連合赤軍は終わらない?! (2004. 27)• 朝まで生テレビ()激論! 天皇 (2006. 25)• 朝まで生テレビ()激論! 昭和天皇と靖国神社 (2006. 29)• もうひとつの日本()(2006. 18)• 激論!クロスファイア (2013)• 朝まで生テレビ ()激論! 大丈夫か?! 日本の防衛 (2013. 激論!クロスファイア(2016. 28)• たかじんのそこまで言って委員会・()(これまで30回ほど出演している)• NHKスペシャル 未解決事件File. 06 赤報隊事件 (2018. 28 映画 [ ]• ベオグラード1999 (2010年、監督:金子遊)ドキュメンタリー• 沈黙の隣人 (2010年、監督:増田俊樹)特別出演、刑事役• 天皇ごっこ 見沢知廉 たった一人の革命 (2011年、監督:大浦信行)出演• 25自決の日 三島由紀夫と若者たち (2012年、監督:若松孝二) 企画協力• 天皇と軍隊 (2015、監督:渡辺謙一)ドキュメンタリー• ベースメント(2016、監督:井川楊枝) 特別出演、刑事役 脚注 [ ] []• 学校法人コリア国際学園• [鈴木邦男「失敗の愛国心」]• [鈴木邦男「失敗の愛国心」]• [鈴木邦男「反逆の作法」]• マガジン9• [鈴木邦男「竹中労」]• [鈴木邦男「竹中労」]• 鈴木邦男『夕刻のコペルニクス』p. 102-107(、)• [鈴木邦男「竹中労」]• ( [新右翼の教祖(重鎮)鈴木邦男氏との「絶縁宣言」に至る経緯]• 2017年2月13日閲覧。 『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)pp. 83 - 85• 2008年6月18日マガジン9「鈴木邦夫の愛国問答」• 佐高 信, 鈴木 邦男、「左翼・右翼がわかる! ASCII. 2017年11月24日. 2018年2月7日閲覧。 [鈴木邦男をぶっとばせ! 今週の主張 ]• [鈴木邦男「反逆の作法」]• 毎日新聞 1994年5月7日朝刊24面• 東京新聞 1996年9月4日 朝刊18面• ザ・コーヴ公式サイト• 鈴木邦男をぶっ飛ばせ 2013年4月8日• 東京スポーツ1995年4月25日号• 北海道新聞1995年4月24日• ゴーマニズム宣言9 p78• 謎に包まれた村井秀夫氏刺殺事件から16年 実行犯が初めて語った真相(p27) 週刊金曜日 2011. 毎日新聞 中部朝刊 1995年5月12日• シナリオ 1985年10月• 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• (独自ドメイン 2008年1月~)毎週月曜日にコラム「今週の主張」が更新• - (2000年1月15日アーカイブ分)(ジオシティーズでの2007年までの旧サイト 更新停止)• suzukikunyon -•

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