香港 デモ わかり やすく。 香港デモの理由を超わかりやすく説明!日本への影響は?

5分でわかる香港の歴史!デモの原因や中国との関係をわかりやすく解説!

香港 デモ わかり やすく

1ヶ月以上続いた香港でのデモ。 暴徒化して衝突が起きてケガ人が発生しただけでなく、逮捕者も出たり、空港でデモが起きて一時空港が封鎖されるなど、世界中で大きく報道される事態になっていました。 日本でも、たびたび香港デモの様子が取り上げられていましたね。 エンタメばかり優先される日本で、 これだけ社会情勢ニュースが毎日のように報道される時点で明らかな異常事態です。 ただ、 「 なぜ、香港でこんなにデモが起きてるの?」 と思ったかもしれません。 香港の市民は何に怒っていて、何を不満に感じてデモをして、なぜこれほどデモが長期化したのか?それは香港政府の「逃亡犯条例」と中国政府が関係しています。 この記事では、香港でもの裏側をわかりやすく解説します。 また、香港という国がいかに特殊に成立している国なのか。 ここに至るまでの経緯もお話しながら、できる限りカンタンに解説していきます。 「逃亡犯条例」の改正とは まず今回のデモの発端は「 逃亡犯条例」 本条例をザックリいうと、犯罪者の引き渡し条例。 「 もし香港に他の国の犯罪者が逃げ込んだら、要請した場合犯人を逮捕・引き渡ししてね」というのが逃亡犯条例です。 これだけ聞くと、良い条例ですよね。 例えば香港人が日本で犯罪をして、香港に帰ってしまったとする。 日本は犯人の引き渡しを要求するも、条例がなければそれに応じる必要がない。 つまり一旦国を出てしまえば犯人が裁かれない可能性も出てくるわけで、むしろ 逃亡犯引き渡し条例を結んでいない香港が無責任に感じるほどです。 ただ、香港政府は中国とこの条約を結ぼうとしました。 この条例が通ってしまうと 中国:「香港。 お前のところの国、怪しいヤツがいるんだけど逮捕してくれや」 という言い分が通ってしまいます。 後述しますが香港は中国と違う国であり、同じ国でもあるという特殊な立ち位置です。 そもそも民主主義と共産主義では考え方も違うし、香港では独立と併合が常に対立しています。 中国からしてみれば、中国に反発する香港人はジャマでしかない。 そんな邪魔な活動家を「こいつ、中国で起きた事件の容疑がかかってるから逮捕して本土に送って」とカンタンに拘束できるようになってしまうわけです。 だから香港人は、「逃亡犯条例」で自由を失うことを恐れています。 中国に反論する人間は、いいがかりをつけて誰でも投獄されてしまうリスクがある。 そうなければ香港独立の意見を誰も言えなくなるし、いつかは完全に中国に飲まれてしまう可能性が高い。 今まで中国に徐々に圧力を強化されてきた香港。 今回の逃亡犯条例にここまで香港人が反対するのは、「 これ以上はデットラインだ」と香港人が認識しているから。 それほど、香港人にとっては影響のある条例ということですね。 ただし何となく聞いたことがあると思いますが、 香港と中国はほぼ別の国ではあります。 少なくとも「日本のなかの東京」「日本のなかの大阪」みたいなポジションではありません。 そもそも香港はイギリスの植民地として栄えました。 1950年代には製造業のハブとしての役割を果たす東アジア随一の金融センター都市であり、政治的も香港は自由主義陣営。 中国で迫害を受けた人たちを受け入れる役割もありました。 ところが、1997年に香港は中国に返還。 ここで問題なのは、 中国は共産主義国家であることです。 端的にいえば、個人の財産権を認めない政治体制。 香港が中国政府に完全復帰すれば、東アジア随一の金融都市が消滅する可能性もあり、結果的には2047年までの50年間、外交と国防以外は香港政府の自治を認めることになったのです。 「香港政府」とは、香港の自治行政府をさします。 つまり、 中国国内には、中国本土を政治支配する中国政府と香港政府の2つの行政府が存在するわけです。 これが「一国二制度」と呼ばれるものですね。 だから、分類上香港は中国の一部。 ただし、 中国の指図を受ける必要がない立場にいるため、実質的には使っている文字から政治体制、発展具合までなにからなにまで違うという状況になっているわけです。 本当に香港政府に自治はあるのか? 理屈上、香港は中国に口出しされるポジションではありません。 ただ、お察しの通り 香港の政治には常に中国からの干渉がつきまとってきました。 例えば、香港トップで大統領にあたる「行政長官」の選出方法。 これは有権者のわずか6パーセントからなる選挙委員会により選出されます。 香港に住んでいる一部の人の意見しか反映されないわけですね。 この時点で民主主義とは言えません。 おまけに選挙委員会は中国政府に忠誠を誓わなければならず、中国政府のいいなり…そんな選挙委員会が、香港政府のトップである行政長官を選ぶ。 もはや、 行政長官は中国政府から任命されたも同然です。 また、中国の民主化を主張していた香港のある富豪が中国政府によって拉致されたとのニュースも世間を騒がせました。 香港政府は中国政府からの制裁や強い圧力のもとにあります。 だから議員は自分の立場を守るためには、中国政府の言いなりになるしかない事情があります。 香港市民は自分たちを「中国人」ではなく「香港人」と認識しており、中国と完全に1つの国になることを望んでいるのは一部だとデータにも現れています。 それでも 香港政府が中国よりの政治をするのは、香港で議員として生き残っていくためには あるいは、自分の命を守るためには 中国の言いなりになるしかないから。 という事情があるわけです。 スポンサーリンク 香港デモの背景と本質 香港の事情を知ると、香港人が逃亡犯条例に猛烈に反対した理由。 そして逃亡犯条例が改正されても沈静化しない理由も見えてきます。 香港の返還後、中国はじわりじわりと香港の共産主義化を進めてきました。 自分たちを香港という独立国家の国民と考える香港市民にとっては、今回の逃亡犯条例の制定は銃弾を一切使わない侵略戦争と同じです。 逃亡犯条例の改正案が可決されれば、香港に中国本土の警察権力の行使が可能となり、一国二制度が瞬時に崩壊してしまう可能性が極めて高いからです。 香港人 VS 香港政府&中国政府 今回のデモに限らず、常に香港はこんな状況に置かれているわけです。 だから今回の逃亡犯条例が撤回された もう1回持ち出してくる可能性も十分にあると思いますが としても、香港政府へのデモが続いている理由も中国への不満です。 自治権を維持しようとする香港。 自治権を侵食しようとする中国。 この2つの対立が終わらない限り、今後もまた違う条例でデモが発生する可能性も十分ありますし、今後香港の治安自体が悪化していく可能性もありますね。 香港の特殊性と中国の対立がデモの根本的原因 香港と中国の長きにわたる対立が根本にある以上、逃亡犯条例が撤回されたからすべての不満がキレイさっぱり無くなる…なんてことは一切ありません。 香港デモは長期化することが予想されます。 中国&香港政府:他の方法で、香港の自治権を狭めたい 香港人:これ以上譲歩して、天安門の二の舞は避けたい もっとも、香港は東アジア屈指の金融都市。 中国の辺境の地であるウイグル自治区などは徹底的に弾圧されても世界はそれほど声を挙げませんが、世界中に影響を与えかねない香港への武力行使は中国の信頼に大打撃を与えます。 だからこそ中国も香港に対しておおっぴらな武力行使はできないし、今回のように「武力を伴わない侵略」を上手に使ってきているわけです。 「 香港?中国と何が違うの?」 「 なんでずっとデモなんてやってるの?」 と思ったかもしれませんが、香港の 実質的な 独立。 それは香港人のためでもあり、金融センターが崩壊すれば世界中が大打撃を受けるから、世界のためでもあります。 ぜひこの機に、香港の根本的な中国との対立に目を向けてみてください。

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【最新】香港デモの理由をわかりやすく徹底解説!逃亡犯条例・一国二制度・雨傘運動とは?|Media Sunshine

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香港というとどのようなイメージがあるでしょうか。 文化の面では香港映画が有名です。 イギリスの植民地だった時代から映画産業が盛んで、ジャッキー・チェンやブルース・リーといった映画スターを輩出しています。 経済も活発で、特に金融都市としてはロンドン・ニューヨークについで世界3位と評価されたこともあるほどです。 観光スポットでは「100万ドルの夜景」が有名。 ちなみにクレジットカードの利用に関しては、中国では銀聯カードが広く使われていますが、香港ではVISAとMasterが使いやすいといった違いがあるようです。 香港の歴史で重要なのは、上述のとおりイギリスの植民地だったということです。 1839年から1842年のアヘン戦争を経て、香港はイギリスの植民地となりました。 そのころの中国は清朝です。 香港がイギリスから中華人民共和国へ返還されたのは、1997年7月1日のことで、香港は中華人民共和国の特別行政区となりました。 この返還に際しては「一国二制度」により、2047年まで中国の社会主義政策を香港で行わないことが約束されています。 返還後の香港では、一国二制度のもと高度な自治が行われてきました。 しかし次第に中国政府による影響が強くなり、反発の動きがみられるようになります。 返還から17年後の2014年7月1日には、2014年香港反中デモがありました。 中国共産党による一党独裁に抗議するデモです。 同じ年には、2014年香港反政府デモも発生しています。 これは香港特別行政区行政長官選挙の立候補者について、中国が中央政府の意に沿わない人物を排除する方針を定めたことへの抗議でした。 警察による催涙スプレーの使用から身を守るために雨傘が使われたため、「雨傘運動」と呼ばれています。 今回のデモの映像においても、雨傘を目にすることがあるでしょう。 2019年の香港で起こっているデモの原因は、「2019年逃亡犯条例改正案」という法案が提出されたことです。 逃亡犯条例というのは、海外で罪を犯したと思われる容疑者が香港にいる場合、協定を結ぶ国や地域への要請によって引き渡しを可能にするもの。 今回提出された改正案では、容疑者の引き渡し先に中国大陸・マカオ・台湾(中華民国)が含まれています。 また、容疑者の身柄を引き渡す際の手続きの簡略化も行われました。 香港に住む人にとっては、特に中国大陸への引き渡しが懸念されているようです。 改正案が成立すると、香港行政長官は中国からの引き渡し要請を受け付けることになります。 香港の人が中国で裁かれたとき、懸念されるのは香港の裁判権の独立性が損なわれることです。 中国の人権問題として、表現や言論の自由の制限が指摘されています。 たとえば、中国政府批判は取り締まりの対象。 中国では政治犯を別の容疑で逮捕する例もみられるようです。 拷問による自白強要などが行われているとの指摘もあり、香港の人々は改正案撤回を求めるデモを始めました。 改正案の提出が行われたのは、2019年2月13日。 最初の反対運動は3月31日に起こっています。 主催者発表で1万2,000人が参加しました。 6月9日の三度目のデモでは、主催者発表で103万人と参加者が大きく増えています。 その後のデモは警察との争いも激しくなり、負傷者が出るようになりました。 9月2日には、デモ参加者を地下鉄の車両まで追いかけ催涙スプレーを噴射し、警棒で殴打することも行われたようです。 この様子を撮影した動画は、ネットなどで確認することもできます。 2019年逃亡犯条例改正案については、海外からも懸念の声があります。 香港に滞在する自国民が、この改正法によって中国に引き渡される可能性があるからです。 また世界が懸念しているのは、過去に中国で起こった天安門事件のような事態が発生することでしょう。 これは1989年6月4日、中国北京市の天安門広場で起こった事件です。 民主化を求めるデモ隊が集まっていたところに、中国の軍隊が武力を行使し多数の死傷者を出しました。 香港でのデモに対する中国の対応が注目されています。 現在アメリカと中国の間では、相互に追加関税を実施するなど貿易戦争が続いている状態です。 アメリカの現大統領・トランプ氏は8月18日に、「天安門事件のようなことが起きれば米中貿易協議のディール(取引)は非常に難しくなる」という発言をしました。 中国からは8月20日に、「香港の抗議活動は外国勢力によるものだ」との批判も出ています。 香港のデモをめぐり、米中の対立が深まる可能性も考えられるでしょう。 このように香港では、イギリスからの返還により、中国から受ける影響力への懸念が高まっています。 それにより民主的な選挙や言論の自由を求めるデモとして表面化する一方、暴力による鎮圧も目立ち始めました。 米中の貿易戦争も激化するなか、行方を見守ることになりそうです。 社会の動向によって株価は頻繁に変動し、世界の経済に影響を与えがちです。

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香港デモの背景を分かりやすく。今後、これからどうなるか

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一気に支配下に置いて、反発されると、手間やコストがかかるからね。 時間をかけて「中国のルール」に慣れされる、という意図だ。 だけど、実際はそう上手くやれているのだろうか? 一国二制度と香港の動き 香港が中華人民共和国に返還された1997年から50年間は、香港を特別行政区として、中国の法と香港の自治法が両立する「一国二制度」が導入されることになっていました。 一国二制度においては、中国では認められていないことでも、香港の自治法で認められていることなら、法律違反に問われません。 たとえば、中国では『言論の自由』は制約されています。 しかし、1997年の中国返還まではイギリス領であった香港では、1997年以降も言論の自由は保障されています。 とはいえ、近年、香港の一国二制度を揺るがす出来事がいくつか起こっています。 とりわけ香港市民の反感を買ったのが、2019年4月に提案された逃亡犯条例の改正案です。 改正案では、「刑事事件の容疑者を中国本土などに引き渡す」ことが定められており、現実になるならば、香港の犯罪容疑者は、香港の自治法ではなく中国の法律によって裁かれてしまうことにもなりかねません。 逃亡犯条例に対するデモの広がりと終結 逃亡犯条例の改正案に反対するために、香港では大規模なデモが繰り返されました。 2019年10月23日、香港政府はようやく逃亡犯条例改正案の撤回を正式に表明し、大規模なデモも一応の終焉を迎えることになりました。 しかし、デモ隊が主張していた他の主張、たとえば「香港政府の行政長官を、香港市民による普通選挙によって選ぶこと」などは、未だ解決を見ていません。 中国政府は一国二制度を掲げ、50年間かけて緩やかに香港を中国化していくと表明してはいるものの、実際のところは急速に中国化を押し進めています。 逃亡犯条例改正案は撤回されましたが、第二、第三の改正案が出される可能性は充分にあると見ることができるでしょう。 一国二制度と台湾の動き 元々中国に返還されることが決まっていた香港では、香港独自の自治法はあったものの、いずれは中国と同化することが既定路線でした。 そのため、50年という期限付きではあっても、一国二制度を導入することで、いきなり中国の法律が導入されるよりも香港市民が変化に対応しやすくなっています。 しかし、台湾では事情が異なります。 台湾は「自分たちは中華民国であり、中華人民共和国ではない」と主張し続けています。 そのため、中国と同化する予定はなく、もちろん、現在だけでなく今後も中国の法律に従う理由がないからです。 <上図:台湾、中国、福建省等の位置図> ただし、台湾の中でも中国大陸側にある福建省金門県に関しては、台湾人というよりも中国人という意識が高い土地柄もあり、部分的に一国二制度が導入されているケースが見られています。 たとえば、中華民国の旗と中国の国旗が並んで掲揚されたり、中国から水道水を供給するパイプラインを引いたりすることで、中華民国と中華人民共和国の2つの制度の並立が図られました。 2019年には、福建省の政府機能は事実上廃止となり、台湾(中華民国)の実効支配権は喪失しているとされています。 一国二制度は今後どうなる?中国政府による国家安全法 2020年、全国人民代表大会(全人代。 中国政府の立法府)は、反体制的な言動を取り締まる「国家安全法」を香港に導入することを決定しました。 実際に導入されると、香港は「一国二制度」ではなく「一国一制度」となり、香港の自由自治は機能しなくなってしまいます。 たとえば、香港では言論の自由が認められているため、政府を批判する発言をしたとしても、即逮捕ということにはなりませんでした。 しかし、国家安全法が導入されるならどうでしょうか。 中国政府を批判する発言をすれば、政治犯として中国本土に送還され、中国の法律に基づいて裁かれ、場合によっては禁固刑などを課せられるかもしれません。 一国二制度や香港・台湾の状況に対する国際社会の反応 香港がイギリス領だったときの、最後の香港総督クリストファー・パッテン氏は、国家安全法の導入について「中国は独裁政治を進めている」と表現しました。 また、香港に国家安全法を適用することは、1984年に中国とイギリスの間で締結した中英連合声明(中英共同声明とも)に違反しているとも指摘しました。 なお、中英連合声明では、次の内容などが記されています。 1997年の香港返還後、中国は香港に一国二制度を導入すること• 中国政府の主体となっている社会主義を、香港では実施しないこと• 香港がイギリス領であった時期に築いてきた資本主義を50年間維持すること 台湾では一国二制度に対する拒否感が強い 1997年の中国への返還を機に、半ば強制的な形で一国二制度が導入された香港とは異なり、台湾では一国二制度の実施には至っていません。 2019年10月に、台湾の大陸委員会(対中国政策を扱う部署)が世論調査を実施したところ、一国二制度について「賛成しない」と答えた台湾住民は9割弱にも上りました。 中国政府の干渉を受けない台湾政府のあり方について「現状維持を支持する」と答えた人も8割弱と多く、一国二制度に対して強い拒否感があることが分かります。 一国二制度の動向はアジアや日本にも影響があるので今後も注目! 一国二制度は、一見、穏やかな制度のように思えます。 しかし、中国の対香港・対台湾の動きを見ると、強制的に中国に取り込むための「方便」以外の何物でもありません。 今後、一国二制度がどのように変化するのか、世界の一員として、そして、アジアの一員として、ニュースに注目していく必要があると言えるでしょう。

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