ブリック 中野。 (閉店)ブリック@中野 : 東京ブウブウKING

原のコロナ休業日記 Vol.43 老舗バー「ブリック中野」営業再開ならず閉店

ブリック 中野

「ブリック(BRICK)@中野」のレポート。 今回は「実食編」。 看板には、銀座、八重洲、渋谷、中野、田町とある。 でも、渋谷と田町は今はないみたい。 「トリスハイ(トリハイ)200円」。 このお店に来たらまずはコレ。 トリハイとは、トリスのウイスキーを炭酸で割ったもの。 1JIGGER(45ml)が、なんと200円。 「お通し(300円)」。 スーパーツナと海苔巻煎餅。 お通しはこれが定番ではなく、何通りかあるようだ。 スーパーツナって、とても懐かしい。 学生時代の酒の肴。 「チキンのチーズロール揚げ(500円)」。 ポテトと気持ちばかりのレタスが付属。 チビチビ飲む時のおつまみとしては、最高。 「テキーラ(エラドゥーラ)350円」。 なぜ、予備の氷がつくのかよくわからん。 調整用? 分かった人、手を挙げて。 誰もいないの。 クスン。 「ピザ風チーズトースト(450円)」。 チーズの焦げ目が素敵。 そうそう、サービス料10%が付くことを付け加えておくネ。 コメント数:• カテゴリ:• by bumuka 「ブリック(BRICK)@中野」のレポート。 今回は「店舗紹介編」。 「ブリック」の1号店は、1951年(昭和26年)に銀座で「トリスバー」として誕生。 「中野店」は、1964年 昭和39年 にオープン。 東京オリンピック開催の年である。 現在「銀座店」の他、系列店である「八重洲店」、そして独立経営である「中野店」と3店舗がある。 トリスハイボール(トリハイ)が、このお店お決まりの一杯。 もちろん他のお酒も安価で楽しめる。 中野駅北口より、「サンモール」手前を右手に直進。 正面の「ケンタッキーフライドチキン」を左折し、その突当りがブリック。 外装は、オープン当初と然程変わっていないらしい。 1階のカウンター席は、既に満席。 2階席へ行く階段の途中で見た眺め。 常連さんのようだ。 さて、2階席へ。 女性客もちらほらと。 カウンターも一杯なので、奥のテーブル席へ。 昔の喫茶店のようだ。 グループで訪れても大丈夫なスペース。 1階のスタッフは中堅やベテランで、2階は大学生のアルバイトのような青年達。 60年~70年代のグッズが置かれている。 年季の入ったシブーい椅子。 使い込まれた美しさがあるね。 イ~スね! 次回は、実食編となる。 コメント数:• カテゴリ:• by bumuka.

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原のコロナ休業日記 Vol.43 老舗バー「ブリック中野」営業再開ならず閉店

ブリック 中野

新型コロナウイルスの影響で4月3日から臨時休業中だった中野駅北口の老舗バー「ブリック中野」(中野区中野4)が4月18日、営業再開はせずにそのまま閉店すると公式ツイッターで発表した。 サントリーのウイスキー「トリス」をソーダで割ったハイボール(トリハイ)を提供するバーとして1964(昭和39)年にオープンした同店。 れんが造りで昭和風情漂うレトロな外観と、インテリアや照明が大人のバーを思わせるという店内、200円で提供される「トリハイ」、名物「カニクリームコロッケ」や「オムレツ」、リボンタイのバーテンダーなどが人気だった。 地元民の間では「若者憧れの場所」「大人からいい大人になるための空間」などと言われることもあった。 [広告] 新型コロナの影響で同店入り口には4月3日、「お客様各位 大変申し訳ないことではありますが4月3日~4月12日までの間を臨時休業といたします」と張り紙が貼られた。 その後、同店公式ツイッターで「4月12日までの一時的な営業休止の予定でしたが、本社側の判断により5月6日までの長期休業と相成りました」と長期休業をアナウンス。 4月18日にはツイッターで「この度、ブリック中野店を閉店する事になりました。 当初は5月6日からの営業再開という予定でおりましたが、このまま再開はせずに閉業という形となります。 昭和39年創業以来、56年という長年渡り数多くの方々にご愛顧を賜わり誠に有難うございました」(以上、原文ママ)とのツイートとともに、店舗に「閉店のお知らせ」の張り紙が貼られた。 ツイートを見た常連客のツイッターでは「老舗トリスバー・中野ブリック閉店の喪失感が半端ではない。 悩み多き人間を自然と前向きにさせてくれる場でした」「大ショック。 僕の中の昭和の灯がまた一つ消えてしまった」「本当に個人的ないろんな節目でとてもお世話になりました。 チーズトーストつまみにトリハイ、そして常連さんとの語らい、何ものにも変えがたい時間でした」など、悔しさや寂しさ、感謝の意を表すコメントがつぶやかれた。 タレント・やついいちろうさんはツイッターで「好きだった店がなくなくなるは悲しいものだ」(以上、原文ママ)と同店の写真付きでコメントしている。 同店は、新型コロナの影響から臨時休業を予定していたため、店舗情報発信手段として今年4月2日にツイッターを始めたばかりだった。 最初のツイートは「ブリック中野、アカウントを作りました。 お店からの告知など、お伝えする事がある時にこちらからも発信させて頂きます。 フォローはご自由で構いません。 よろしくお願い致します。 スタッフ一同」。 その後は長期休業、そして閉店など数回のツイート。 スタッフの1人も「私は約5年居て、こんな形でTwitterを使う事になるとは思いませんでしたが事実です。 もうお店を開ける事は叶わず、直接お伝えする事も出来ませんがリツイートを通じて閉店をご理解頂ければと思います。 本当に、本当に今までありがとうございました」とし、「まさかこのような形でつぶやく日がくるとは」(以上、原文ママ)と嘆いた。 同店ツイッターによると4月27日にはスタッフが集合。 そのツイートに対して、「これから、ブリックのない街で生きていくのだと、ようやく決心つきました。 最後のときに、お店の壁に僕のボトルが入っていること、誇りに思います」「亡き父とも飲んだ思い出のお店でもあります。 長年お疲れ様でした。 そしてありがとうございました」(以上、原文ママ)など、それぞれの思いがコメントされている。 ネット上では、店舗の復活に関する多くのコメントも寄せられている。

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BRICK 銀座店 (ブリック)

ブリック 中野

学生の頃から通っていた店です。 僕はこの店で洋酒の味を覚えました。 この店に行きやすいように中野に住んだこともあります。 もうあのスペイン風オムレツもトリハイも頂けないんですね。 ただひたすら寂しいです。 56年間、お疲れさまでした。 — 四家正紀 shike shike 1986年の春。 初めてこの店に足を踏み入れたとき、僕はまだ大学生になったばかりだった。 友達と二人で、僕はこの店で、あこがれのバーの世界にデビューした。 年季の感じられる木のカウンター、バーマンの蝶ネクタイ、ずらりと並んだボトル、何もかもが眩しかった。 そして、しっかりとオーセンティックなのに、べらぼうに安かった。 トリハイ1杯190円だったと思う。 以来、大学サークルの同期や後輩と語り合いながら、僕はこの店で少しずつ酒の味を覚えた。 トリハイを飲み、角ハイを飲み、たまにもうちょっと高いウイスキーや、カクテルを飲んだ。 真夏の真っ昼間にテニスなんかやらかして ちなみにすっごく下手だった 、その帰りに立ち寄ってツボルグで喉を潤した。 名物のホットサンドや、スペイン風オムレツを食べた。 何度も。 社会人になり、一人暮らしを始めるときは東中野を選んだ。 中野の家賃は払えなかったから。 少しでもこの店に近いところにいたくて。 そして、勤め先の同僚・上司・社長、彼女、昔の友達、新しい友達、あるいはひとりで、何度となく寛いだ。 思い出が多すぎる。 『サヨナラだけが人生だ』たぶんそれは本当のことだ。 でも、僕は一体あとどのくらい、こんな寂しいサヨナラをしたらいいのだろうか。 これからの人生は、ずっと、サヨナラの連続なのだろうか。 56年の歴史のうち、僕が付き合えたのは33年。 最後に行ったのは昨年の5月17日。 もう一度くらい飲みたかった。 お疲れさまでした。 本当に、ありがとうございました。

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